特別編2・前編 ついに出てきたトランプ躁病説


●2016年大統領選の中心課題としての「雌犬vs雌犬の息子」●

さて、トランプの話に入る前に一言。今回の大統領選の結果が出た暁には、(1)なぜ2016年の大統領選が実に長く感じられるのか? (2)なぜヒラリー・クリントンの人気が盛り上がりに欠けたのか? この2点について触れたい。

(1)については、共和党で最初の予備選出馬を決めたのはテッド・クルーズ(共和党)だったが、これが2015年3月23日、大統領選投票日(2016年11月8日)まで597日も前のことだった。これだけの日数があれば、メキシコの大統領選4回、カナダの首相選7回、英と豪州の首相選挙に至っては14回、仏大統領選に至っては41回やれるという!(つまり、いずれも1回の選挙に割く日数がうんと短い)。

さらには、海外特派員として途上国の首長選挙を見てきた記者らには、今回のトランプ大暴れが途上国の選挙よりひどいと映る。いや、ヒラリー・クリントンの反感度は59%、トランプの60%と大差ない(9月初旬のABCニュース=ワシントン・ポスト調査)。これらの記者が母国で取材すると、自国同胞の間に当惑と屈辱感が広がっているという。カイロ特派員は、「高卒白人男性」の牙城、ウエスト・ヴァージニアで「帰国取材」、失業者だらけの炭鉱地帯の白人から、「やつはアホを言いすぎる」とトランプ絶対不支持を宣言する者を見いだした(もっとも、彼らはクリントンも支持しない。ちなみに、2008年の民主党予備選では、この州は圧倒的に彼女支持、オバマ拒否だったのだが)。

アメリカでも、昔は「労働記念日(レイバー・デイ/ 9月の第1月曜日)」が選挙戦の開始だったから、異様な期間延長である。昔と言っても、1936年、大恐慌最中のフランクリン・ローズヴェルトの再出馬がそうだった。だからこそ、両党候補の討論会は、9月26日が今日でも第1回目になるのだ。

いや、今回の場合は2012年の大統領選よりも長い。しかも、トランプvsヒラリー・クリントンの支援者らのフェイスブックその他への応酬ポスト数は、2012年のオバマvsロムニーの応酬回数と大差ないのだが、それらのポストを巡るさらなる「連鎖エコー応酬」が4倍に増えている(2012年の9000万本が今回は3億6100万本)。これは有権者側の熱意の証拠だが、原因はトランプという異様な候補に帰せられるらしい。筆者には、ヒラリー・クリントンの異例さにも起因すると思われる。トランプの熱心な支持層については、本稿で後述する。

2015年8月の共和党候補同士の第1回討論は、2400万人が見た(2012年は、760万人だった)。2012年は、オバマがロムニーに終盤(7月~9月)でつけていた差はわずか2%差、ところが2016年の同期間、クリントンはトランプにつけている5%の差をさらに6. 5% に広げているのだ。この点においてこそ、トランプというほとんど「人間失格者」を相手にする彼女の不人気の分析(2)が不可欠(アメリカ民主制に関わる)となってくるのである。

もっとも、8月下旬の調査では、またもや両者の支持率差は狭まってきた!

アメリカですら、「投票者疲労」が起きているくらいだから、諸外国や日本では、初めて米大統領選報道に焦点が絞れなくなってきた。筆者にも、大統領選の決着後の原稿依頼よりも投票日までのドラマ、つまり「トランプ効果」の分析依頼が多い。つまり、トランプの当落より、彼が不死身に見える背景の分析が優先されるという奇現象が起きていることになる。このトランプ特別編2の前編でも、ある程度、この現象の背景を探ることになるのだが。

さて、本節の小見出しは、この特別編2の後編のタイトルを先取りしたものである。

「雌犬の息子(サナヴァ・ビッチ)」は、「あん畜生」を意味する、度し難い男性への罵言だが、他方、「雌犬(ビッチ)」は「ウーマンリブ」以降、男性中心社会に反抗の狼煙を上げてきた女性たちの「名誉の称号」へと昇格した。前者はむろんトランプ、後者はヒラリー・クリントンを指す。

前者支持のTシャツのロゴ・マークには、「トランプ・ザ・ビッチ!(雌犬をやっつけろ)」というのがある。動詞のトランプには元来、こういう意味がある。ビッチの特徴は、かねがね女性的美徳とされてきた「愛嬌」とか「人好きのする側面」などをはなから削ぎ落としている点に要約される。そういう側面こそ、有為の女性らが男性に伍して競合する妨げになってきた。従って、クリントンの不人気は、「女は愛嬌」を削ぎ落とした彼女に対する男女双方からの反発である。その言い訳に、「彼女は信用できない」と言い張るのだ(前のトランプ原稿で触れた、Eメイル問題を執拗に追及する共和党議員らの面前で、うるさそうに左胸の糸くずを払いのける彼女の姿が、繰り返し放映されたのは、何よりも反ヒラリー陣営のその苛立ちを表していたー彼女自身の苛立ちと、ビッチに対する世間の苛立ちの双方である。

●トランプの自己品定めvs世間の品定めとの鬩ぎ合い●

本連載が「アメリカ的人間」という通しタイトルを持つがゆえに、トランプをこの視点から論じるのは当然だが、まず一般的にはわれわれは、(1)自身による自分の品定め(セルフ・サイジング・アップ)、(2)世間による自分への品定め、(3) (1)と(2) の鬩ぎ合いを経て仕上がる結果としての自分自身という過程を経て「一巻の終わり」となる。

筆者くらい長生きすると、このあっけなさは自分が虫けらと変わらないことを思い知らせてくれる。それが恐ろしければ、信仰心で自己援護を試みる以外に手はない。

要はこの(3)の過程こそ肝心で、鬩ぎ合いでは、(1)が(2)に圧倒される比率が高い。その結果生まれる「一巻の終わり」は、「凡才」である(「凡才」はまさに「盆栽」に通じるのだ。因みに盆栽は米豪では白人の間にもファンがいて、「ボンサイ」は今や動詞でも使われる。筆者がこれを初めて聞いたのは1980年代初頭、時のシドニー大学学長、レオーニ・クラーマーの口からだった。彼女は誰かの論文を批判、「もっとボンサイしないと」と言ったのである。(なお、オーストラリアでは、産業革命以前の古い英語が国語で、その特徴でエイはアイと発音するため、「クレイマー」は「クラーマー」)。

例えば、筆者は最初、自身の「鬩ぎ合い」の場を短編小説を書くことに求めた。このために20代から30代、懸命に短編小説を書いていた。それがやっと日の目を見かけたのは、自作がある文芸賞を競り合った3作の1つに残り、賞の母体の総合雑誌に掲載された(昭和45年だから34歳と遅い)。これが前述の(2)の過程だが、以後、曲折を経て筆者は短編小説熱から瘧が落ちたようにさめて、「アラフォー」で「アメリカ屋さん」になって「一巻の終わり」となった。

トランプと2016年の大統領選を争うヒラリー・クリントンは、最も苛烈な「鬩ぎ合い」を経て、彼女としての「一巻の終わり」、すなわち「史上初の合衆国女性大統領」ににじり寄りかけている。彼女の「鬩ぎ合い」については、拙著『ヒラリー・クリントン――運命の大統領』(朝日新書)を参照されたい。

さて、肝心のトランプの場合は、(1)vs(2)の鬩ぎ合いでは、われわれとは真逆で、常に(1)が勝つことになっているのである。彼の本質が「ナルシズム」と断定されてきた所以だ。例えば、彼が自慢して止まないウォートン校卒業の学歴もニューヨークのフォーダム大学からの編入だった。最初からウォートン側からの品定め(サイジング・アップ)ではなかったのである――しかし、彼ははなからウォートン校だったと思わせる発言を繰り返してきた。

完成早々のトランプ・タワーを実父フレッドに見せたとき、フレッドから「私ならもっと安いガラスを使う」と言われたドナルドは、「ああ、ここが親父とおれとの違いだな」と思った。父親の品定め(つまり、上記の(2)の過程)に対して安直に優越感を感じ取れるのである。トランプ・タワーこそ、実父に対する息子としての「自己証明」だから、普通はもう少し謙虚になれる(つまり、(2)に対して敬意を表せる)はずである。筆者の父親(数学教師)は筆者に数学の才能が受け継がれなかったことに失望したとはいえ、彼に対しては筆者は謙虚にならざるをえない、いわば「遺伝子的重みを」常に感じていた(いまも毎日、般若心経を上げている)。

もっとも、トランプ父子のために弁じるなら、建築現場がドナルド・トランプの道場で父親フレッドはつねにドナルド(次男)を連れ歩き、値切り倒しのコツを実地伝授、果ては現場に落ちているクギを拾い集めては売ってみせた(いかにもドイツ系らしい吝嗇的節約ぶり)。不動産業は地方政治家らによる「ゾーニング」、つまり住宅地認可政策の熟知が大前提で、フレッド・トランプは地方政治の政界との繋がりにも抜け目はなかった。しかし、彼の大成功はフランクリン・D・ローズヴェルト政権のニューディール政策の要だった「連邦住宅局(FHA)の目玉政策、「25年住宅ローン」で住宅を売りまくったことに起因するから、息子ドナルドより恵まれていた。これを復員兵士らに売ったのである。だからこそ、父親がブルックリンを中心に地味な市場開拓に終始できたのに対して、そういう援護がなかった次男(ドナルド)は、マンハッタンに「トランプ・タワー」をぶっ建て、最上級の素材を使って世間の目を欹てる以外に手がなくて、実父から暗に批判されたのだった。

FHAは人種差別厳禁だったが、フレッドは息子に黒人を入居させないあの手この手も模範を示した。

さらには、敵性国民であるドイツ系の素性を隠して「スウェーデン系」を詐称し続けたが、自身の民族性すら偽装できれば、それがドナルドの虚言癖に凝縮するのは理の当然かもしれない。

父親フレッドは4万ドルの豪邸には、1セント引いて、39,999.99ドルで売ったが、息子はもっぱら実に込み入った借金で事業を回転させている。例のトランプ・タワー(アヴェニュー・オヴ・アメリカズ1290)は3社(HWA1290IIILLC、HWA1290IV LLC,HWA1290V LLC)が4つの金融機関(ジャーマン・アメリカン・キャピタル〈ドイッチュ銀行の傘下〉、UBS不動産保障、ゴールドマン・サックス・ローン会社、中国銀行)から融資を受けている。トランプ自身のオーナーシップは30%、残る70%はヴォーネイドウ不動産信託(VRT)の所有という具合である。保有資産の分散は、言うまでもなくいざという場合に備えて「ショック・アブソーバー」で、トランプはお抱え企業弁護士らに智慧を絞らせたわけだ。

さらには、あれだけ悪しざまに批判してやまない中国の中央銀行からも悪びれずにちゃっかり融資は受けている。

いずれにしても、この実父に関するかぎり、前述の(2)が「世間」の品定めではなく、「実父による品定め」だったのである(むろん、数学教師だった筆者の父親による一人息子の数学面での品定めは類型的にはこの部類に入るが、厳しさでは比べ物になるまい)。すでに父親の名をもらっていた長男フレッド(ドナルドの長兄)は、「道場」の過酷さに耐えきれず、潰された。父親フレッドの弟ジョン(ドナルドの叔父)は、桁外れな兄とは正反対、MITで教鞭をとる身になった。(なお、ドナルドの祖父もフレッド(フレデリック)で、トランプ家は代々長男が「フレッド」を受け継ぐ。この名は原義が「平和の王」を意味し、ゲルマン王族に多い。他方、ドナルドはケルト語で、「世界のパワー、支配者」の原義)。

ドナルドには、姉が2名いるが、ヒラリー・ロダム(クリントン)の父親と違って、フレッド・トランプは彼女らをヒラリーのようにはしごかなかった。当時はまだ、女性の人生は結婚相手次第だったのである。

トランプは、2016年の大統領選の共和党予備選では17名の競争相手を悉くこき下ろして、ついに党指名を勝ち取った。これまた、例の鬩ぎ合いが弱く、セルフ・サイジングアップが一方的に強い偏向性ゆえだった。

彼を支持した「高卒白人男性」については先で触れる。

●「アメリカ的人間」vs「ヨーロッパ的人間」●

ところが、いざヒラリー・クリントンとの決戦となって、トランプにおける(1)と(2)の比重逆転が精神分析医らによって「病理」と指摘され、メディアも記事において「病理」の側面を強調し始めた(後述)。

ちなみに、筆者は(1)と(2)の鬩ぎ合いでは、可能な限り(1)は(2)に抵抗するほうが「凡才/盆栽」への単純かつ平凡な下降をくい止めることができると考えている。これは経験上の判断である。

オーストラリアの作家フランク・ムアハウスは、「小国出身の作家は英米などの大国へ無防備に出ていけば、個性を撓められる」と言った。しかし、同国のピーター・ケアリーは臆せず出ていき、2度も英のブッカー賞に輝き、ニューヨークに住んでいる(彼の小説は幾つか邦訳あり)。この2人のオーストラリア作家の正反対の姿勢の淡い(境界)にこそ、「鬩ぎ合い」の極意が隠されている。

ただ、トランプの場合、「下降食い止め」が幼稚すぎる。ケチのつき始めは、以下の次第だった。すなわち、民主党の指名大会でパキスタン系の人物キズル・カーンが登壇、イスラム教徒のアメリカ移住制限を売りにするトランプの攻撃に、イラク戦争で米軍大尉として戦死した自分の息子を上げ、トランプに対しては「あんたは何一つ犠牲を払っていない」と非難した。

トランプはこの相手に切り返すのに、キズルのかたわらに立っていた彼の妻が終始沈黙を続けていたことを、「あれは夫に発言を禁じられていたからだ」と、いかにもイスラム教徒の前近代性を強調するような発言をした。

これには共和党内からも一斉に非難が沸き起こったが、トランプはカーン夫妻への謝罪を断固拒否した。その理由は、メディアが遅まきながらトランプの「徴兵猶予」の事例を暴いたので、筆者には合点がいった。ヴェトナム戦争時点、トランプは踵に余分な骨ができたという診断書で「徴兵猶予」を勝ち取ったが、彼は診断書を書いた医師の名を上げられず、しかも「猶予」は5回に及んでいたのである! これはもはや「徴兵忌避」と変わらないが、それを「猶予」で逃げた二重三重に卑怯未練な行為だった。よほど堪えたにもせよ、トランプは依怙地にカーン夫妻への謝罪を拒否し続けた。以上が、トランプにおける「凡才&盆栽への下降拒否」のお粗末である。

「アメリカ的人間」としてのトランプは、どういう文脈で眺められるべきか?

古代アテナイではうろんな目で見られていた民主主義は、フランス革命(1789~1799)に先行したアメリカ独立戦争(1775~1785)を経て人類の理念にまで高められた結果、今日的な理想の政治思想へと生まれ変わった。フランス革命自体、アメリカ出現に影響されて起きたたし(アメリカでは独立戦争は「独立革命」と自賛)、フランスとの連動は他にも、地上に現実に出現した民主政治に魅せられ、1830年代のアメリカを隈なく探訪したフランス貴族、アレクシ・ド・トクヴィルのアメリカ探訪記、『アメリカの民主政』(1805~1859)に名高い。

従って、複雑な専制政治を経てきたヨーロッパに比べて、建国時点から民主主義の理念で単純化されてきたアメリカには変人奇人が少ないと言われる。本稿では、このラインでの主題には触れないが、冒頭で上げた(1)と(2)の品定めでは、(1)に比重が置かれ易い状況はヨーロッパの王侯貴族のほうがアメリカ上流階級よりはるかに多い。例えば、皇帝であることよりも詩人であることに憧れたネロが、ローマに火を放ち、燃え盛る大都市、焼け死ぬ市民を遠望して流す自分の涙をガラス容器に納めさせた。このネロの類型は、たぶんアメリカには現れていないのではないか。

思えば、(1)より(2)に比重が置かれることこそ常識という考え方は、民主主義における個人の根底的な「品定め」かもしれない。ここに至って(2)より(1)を重視するトランプの登場、しかもアメリカン・デモクラシーと覇権国家の強大極まる国家権力を合わせ味噌に煮詰めた米の大統領選挙を背景に躍り出てきたトランプにおいてこそ、国家的生理構造が試されていることになる。

彼との対比では、ヒラリー・クリントンこそ、アメリカの常識を担う人物ということになる。もっとも、その彼女においてさえ、基本的には(2)>(1)の図式で才能涵養に励んできたのだが、その彼女も無知蒙昧な「反ヒラリー」選挙民の前では「謙虚」に振る舞わないと大統領当選での勝利は覚束ないのである。

思えば、国民主権は、総じて無知蒙昧、不和雷同を事とする民衆(デーモス)に主権を譲渡する権力者側の欺瞞に発している。トランプはデマゴーグ中のデマゴーグだが、日本語となった「デマ」は、この語の類語デマゴギーの略である(「ゴギー」の語幹「オゴス」は「率いる」。従って、デマゴーグは「民衆を率いる者」で、原義は今日と異なる(とはいえ、デーモス自身がお粗末と見切られていた以上、原義自体が今日の悪い意味に通底していたことになる)。トランプの場合、彼を夢中になって支持する「高卒白人男性」こそこの「デーモス」なのだ。

だからこそ、以下のチャーチルの名言が出てくる。「民主主義は最悪の政治形態だ。これまで折々に試されてきたすべての他の政治制度を除いては」(1947年11月、首相退任後の英下院での演説)。前の句は、「権力者の欺瞞」と「デーモスの蒙昧さ」を踏まえている。重みがあるのは、後の句である。

チャーチルの発言には、前述の「権力者側の欺瞞」が露呈していると言えなくもないが、2016年のアメリカ大統領選での珍事は、ヒラリー・クリントンの不評である。彼女に反発する者たちは、党派を越えているらしく、察するに彼女の「欺瞞」を察知して、「アメリカン・デモクラシー(AD)」への無条件の信仰から彼女に不信感を抱いているのかもしれない。ADへの信仰がそこまで「無条件化」しているならば、もはや「信仰」と変わらない。

●「アメリカ的人間」としてのトランプを支持する「アメリカのデーモス」の具体例●

今回の「デーモス」の具体的な映像には事欠かないが、トランプ支持の「高卒白人男性」の典型像を1つだけ拾っておく。オハイオ州のヤングズタウンのヴィンセント・アーカンジェロ・ストラインズ(55歳)である。

ヤングズタウンは、スプリングスティーンが1995年に出した同名の曲で有名だが、1849年のカリフォルニア・ゴールドラッシュに押し寄せた金堀りらの出身地としても名高かった。筆者は1980年代ここを訪れたが(名曲はまだだった)、『カリフォルニアの黄金』(朝日選書)執筆のためだった。すでに米北東部の重工業地帯の落剥は1977~1982に進行、16万人いたヤングズタウンの人口は今日6万5000人である。アメリカの都市の規模は、フリーウェイからの出入り口(ターンオフ)の数で見当がつくのだが、すでに始まっていた大いなる寂れにもかかわらず、6つもあった。GMは未だにヤングズタウンで、シボレーの小型車、クルーズを生産しているのだ。

寂れた重工業地帯は、「鉄錆ベルト」と呼ばれ、トランプに騙されている「高卒白人男性」のメッカである。この地域へ流入したのは、順番にアイルランド系、南欧&東欧移民とカトリックが中心で、後に黒人が加わった。ストラインズは、名前の構成から見て、イタリー系と英系(またはアイルランド系)の混血と思われる。

ストラインズは、民主党員だが、今回はトランプ支持を公言、親友マーク・ウォスコウ(48歳)と口論になった(姓から見てイタリア系?)。「あんたはど阿呆だ」と相手に罵られて、ストラインズは、「おれを殴りたきゃ殴ってもいいぞ」と返した。

重工業のメッカだった時期のヤングズタウンは、労組(労組については後述)のメッカでもあったので、市民の大半は民主党支持だが、今回は「クロスオーヴァ(党を割れ)」の声が上がり、共和党候補のトランプに流れたのである。ウォスコウは忠実な民主党員、ストラインズは「クロスオーヴァ」なのだ。おまけに、現職知事ジョン・ケイシック(共和党指名争いでトランプに敗れた同党では良質な政治家)の緊縮策によって2010年1月、17%だった失業率は7. 6%まで改善された(ケイシック知事の州内での人気は高い)。

ストラインズは、アルミニウム工場の品質管理担当として高給を得てきたが、健康問題で引退した。しかし、格安でアルミニウムを生産する中国への敵意を燃やしてきたのである。そして、トランプの「贋約束」にすがる気を起こしたのだ。

一方、ウォスコウは、トランプの詐欺には乗らなかった。他の騙され屋(引退警官)は、熱心にトランプ支持を訴え、彼の演説に対してすれ違う車の20台中19人の運転者が親指を突き上げる(反対なら中指突き上げ)と言う。

スプリングスティーンの名曲の主人公のモデルとされるジョー・マーシャル2世(英系かアイルランド系。63歳)は、製鉄産業で解雇されて以後、副シェリフとして生活を立ててきたが、その彼は「ヤングスタウンを潰したのは民主党だ」と言う。そして、黒人の進出は歓迎するが(「1974年、この町の74%は白人だったが、今では黒人と半々だ」)、「民主党は白人には冷淡だ」とぼやく。「おれには偏見はないよ。でも白人よりかマイノリティのほうがよけい面倒見てもらえるとみえるんだよな」。

興味深いのは、前述のストラインズにもこのマーシャルにも、阿漕さと罵詈雑言ではトランプと似た人物が身近にお手本としていたことだ。シェリフから民主党の連邦下院議員に出世、2002年収賄で履歴を棒に振った人物(ジェイムズ・A・トラフィカント2世。姓から見てイタリア系?)で、マーシャルを副シェリフに雇ってくれたシェリフだった。シェリフは選挙職だから、あざとく票集めに精を出すので性格はあこぎで、トランプと似てくる(なお、マーシャルが雇ってもらった副シェリフ職、これはシェリフが自在に雇用)。

イタリア系が多いヤングズタウンにはマフィアも多く、ストラインズによれば、「トラフィカントに加えて、ヤングズタウンが平和だったのはマフィアのおかげでもあった。だから、トランプ大統領治下ではアメリカもうまく行くのでは? 面倒が起きる度にマフィアに出る幕があった。今こそトランプの出る幕じゃあないか。イラクや中国が脅威の今こそ、彼が出てくれば世界も静かになるんじゃないか」。

ウォスコウの切り返しはこうだった。「なら、アメリカ人全てに恐怖を刷り込めばいいってわけか」。ストラインズは、真顔で言い返した。「違うよ。刷り込む相手は悪人だけだよ、ヴィンセント」。

「悪人」とはヒラリー・クリントンを指す。「真顔で」というところが面目躍如で、「高卒白人男性」のイメージは、これでかなり具体化するのでは? つまり、彼らにとって、トランプはトラフィカントかマフィア、すなわち彼らの狭い世界観では「いつか来た道」でもあるということだ。これこそが、今日のアメリカの「デーモス」像なのデである。憎めないと言えば憎めないのだが、怖いと言えば彼の無知ほど怖いものはない。

石炭産業に依存してきたケンタッキー東部とウエスト・ヴァージニアのブルーカラーの窮状と必ずしも本気で支持していないトランプに靡かざるをえない状況は、次回の言及としたい。

●「真実以後(ポスト=トルース)の政治」●

もう1つ、オツムの固い「高卒白人男性」の間でなぜトランプの虚言癖が咎められないのか?

この背景は「仮想現実(ヴァーチュアル・リアリティ)」に淵源する。映像の氾濫で起きた認識論の激変は、二次元の映像が三次元の現実に取って代わった結果だった。いや、絵画や写真は二次元だが、映画のような「動画」には時間軸が加わるから三次元になる。同じく現実も立方体(三次元)に時間軸が加わるので、四次元となる。映画&テレビ画像と現実は「平面vs立体」という違いはあっても、画像が表現する「仮想現実」は、一層、現実と紛らわしくなる。三次元画像(映画など)は、動いて止まない現実を「缶詰」にした点では本質的に「非現実」ないしは「模造現実」、すなわち「仮想現実」なのだが、認識論に関して知的訓練を経ていない者(例えば「高卒白人」)には2つの現実は区別がつかない。この「隘路」につけこめば、認識を狂わせる「紛い物」としての仮想現実、すでに真実でなくなり、「真実らしい見せ掛け」に堕した仮想現実を踏まえて無際限に虚言や贋情報を乱発できる。この傾向を100%踏まえた今回の主役が、トランプなのだ。彼の発言の70%が虚偽だと言われる(『ポリティファクト』)。

仮想現実と現実との「隘路」につけこんだ政治を、「真実以後(ポスト=トルース。以後PT)の政治」という。この呼称と響き会うのが、「ポストモダン」という言葉だ。トランプが好意を寄せるプーティンと彼の類似は、この点である。クリミヤ半島侵攻に際してプーティンは、「ロシア兵の軍服なんてアーミーグッズ・ショップならどこでも売ってる」と言い放った。こういう情報攪乱とハッキングによる攪乱、さらにはゲリラ戦闘(軍事用語では「低強度戦闘」)などを組み合わせた戦闘によって侵略の意図をごまかすやり口(典型は正規のロシア兵士らを「贋兵士」だと強弁したプーティン)は、「ハイブリド戦争」の権化と呼ばれる。

トランプの「ハイブリド戦争」の典型は、8月末、あれだけこき下ろしてきたメキシコ、その大統領の招きに即応してみせた直後、アリゾナ州都フィーニックスに戻って従来より和らげはしたものの、移民排斥演説をぶってみせた「二股外交」だった。メキシコ大統領は、重要な隣国の次期大統領候補、クリントンとトランプ双方を公平に招待したのだが、トランプとの同格の招待は相手を認めることになるので、クリントン側は拒否した。

一方、トランプ側が招待に飛びついたのは、8月に入れ換えた新選対(後述)の抜け目なさだったかと思われる。トランプ側の打った手はそれほど鮮烈で、世間には「今夏で最も上首尾の政治行動」(『ニューヨークタイムズ』のベテラン記者マイクル・バーバロ)という印象を与えた。この記者はさらに、「土壇場で放った劇的などんでん返しで、トランプ氏お気に入りのプロット・トゥイスト」と絶賛した。「プロット・トゥイスト」とは、「筋立てをグイと捩じ曲げること」、つまりどんでん返しである。こうなると、クリントン選対のほうが出遅れた印象を世間に与えたのだ。

この卓抜な作戦(メキシコ訪問)は、新選対だけではなく、予備選で素早くトランプ支持に切り換えたクリス・クリスティ(ニュージャージー州知事)のかねての主張だったらしいが(トランプが大統領になれば、このクリスティがオバマ政権との入れ代わり人事を仕切る)、どう見ても、後述する新選対のクリントン陣営への攪乱作戦である。すなわち、9月26日の第1回ディベイトでクリントンが意気込んでトランプの悪名高いメキシコ誹謗を糾弾してくれば、「そんなことはない。こちらはメキシコに敬意を評したが、あんたは大統領の招待を断ったじゃないか」と逆ねじを食わせれば、彼女は二の句が告げなくなるのである。同時に最後まで決断しない者が多いと言われる本選挙の有権者らをも攪乱できるのだ。この作戦が、「リパケッジ作戦」と呼ばれる所以である。

もっとも、9月26日の本選挙ディベイトのコーチ役、前述のフォックス・ニュースTVを解任されたロジャー・アイルズは「一か八かすぎる。わざわざ危ない橋を渡ることはない」とメキシコ行きに反対した。トランプ自身、ためらった(「ニエトー大統領にハッグでもされたらお終いだ」と発言)。むしろトランプ夫人や愛娘イヴァンカの夫、ジャレッド・カシュナーら身内が、賛成した。「おらが候補」の惨状(民主党大会以後彼に起きた急激な支持率低下)にいたたまれない気持ちだったのだろう。トランプ自身、「惨状」に急かされてメキシコ行きに踏み切った。

メキシコ大統領相手に無難な予定草稿を読み上げたトランプは、いつもの急ピッチ、話があちこち飛ぶスピーチの精彩がなく、「腹話術師に操られている」と嘲笑われたが、相手にはヌケヌケと「閣下を友人と呼ばせて頂く」と告げた。ところが、それから数時間も立たない、まさに舌の根も乾かぬうちに、アリゾナ州都フィーニックスでは、「100%本気だ。壁ではメキシコに費用を全額持たせる!」と従来の主張を気張って繰り返した。本来の調子に戻れて止めどがなくなり、「ヒラリーをあちらの国境へ追放だあ!」と怪気炎を上げた。

「軟化&硬化の両面作戦」には、まさに「毒を食らわば皿まで」の破れかぶれ、メキシコ大統領は、大統領府宮殿での演説で壁の建設費など支払う気はないと断定していたのだ。通訳を通して大統領の長い演説を聞かされる間、前回触れた「アテンション・スパン0」のトランプは、いじもじと落ち着かなかった。

こんな具合だから、トランプ発言の少なくとも70%が「虚言」という結果が出ている(前述『ポリティファクト』。正に「嘘で固めた大統領候補」!)。彼は8月に極右ブロッグ、ブレイトバート(以後B)のトップを3人目の選対トップに雇ったが、仮想現実の元凶であるメディアの中でも、上記の「PT政治」を猛然と駆使するのが、Bのような攪乱メディアで、その走りはフォックス・ニュースTV(FNTV)だった。今やFNTVがBなどの後発ブログにお株を奪われてしまったのである(Bへのアクセスは、この7月、1830万件を越えた。共和党本流がトランプに手を焼かされる前の一時期、「茶会派」に振り回されたが、この集団の火付け役はBだったのである)。

「真実以後(PT)の政治」は、別にトランプの専売特許ではなく、実はメキシコのペーニャ・ニエトー大統領も最低の支持率に喘いでおり、「破れかぶれ」はトランプ以上、8月31日の一般教書演説で相手をヒトラーとこき下ろした翌日の会見だった。2000年まで71年間もメキシコを牛耳ってきた「制度的革命党(PRI)」を2012年、政権奪還に導いた、映画俳優より美男のニエトーは、麻薬カルテルに牛耳られるこの国の再生に挫折、打つ手はないので、アメリカの両党候補を招待、ヒラリーには断られ、トランプにいいように利用された。

トランプ陣営は、メキシコ弥縫策と同時に、黒人弥縫策も実行した。黒人の支持など最も当てにできないデトロイトの黒人教会を標的にしたのである。ここは「鉄錆地帯」としては前述のヤングスタウンをはるかに凌ぐ「高卒白人男性」の甚大な被害地で、自動車産業を馘首された黒人労働者は確かに多いが、彼らと「高卒白人男性」との長い確執を思えば、信じられない選択だった。ただし、2008年のマケイン、2012年のロムニーと、共和党候補らはそろってデトロイトを回避していたから、意図は明らかだった。

トランプは、さすがに不安だったのだろう、予備選で一時は自分をリードしていた黒人の元神経外科医ベン・カースンに先導役(デトロイト基盤)を依頼した。17名も雁首を並べた共和党予備選では唯一の黒人候補だけにカースンは依怙地さがなかった上に、異色の候補同士でウマが合っていたことになる。さらには、トランプのTV番組、「アプレンティス(見習い)」に応募した黒人女性(選対雇用)にも露払いを頼んだから、黒人人脈は貧弱である。トランプはメキシコ以上に畏まって、教会での「祈祷用ショール」まで羽織った。主宰牧師は「候補が黒人教会に出るのはこれが初めてだそうで」とクスクス笑ったというから、見え透いたお芝居と牧師側も承知の上だったらしい。教会側はトランプのスピーチを1分と限定した点にも、それが窺える(選対側は粘って10分に延長)。さらに選対は、メキシコ以上に綿密なシナリオを書き上げ、しぶるトランプに棒読みさせた。それどころか、その教会の主宰牧師からの想定質問まで用意したのである。この選対らしいのは、「民主党が人種を中核に施策を展開、結果的に黒人を永久の下層階級に封じ込めた。共和党はあくまで個人の能力の開発によって個々人が人生の壁を打開する道を探る」と強調する。積年の黒人差別ゆえに団結するしかなかった事実は棚上げである。

もっとも、1989年、トヨタ・アメリカ(ケンタッキー州)で会見した30台の黒人男性は、「公民権運動は、われわれ黒人を団結に慣れさせ、個々の才能開発に遅れをとらせてきた」と発言したから、「才能開発」は「団結」とは矛盾するという考え方はすでに当時から黒人青年層には行き渡っていた。そしてこれは、黒人に限らず、労組の団結主義が、産業の空洞化を契機に浸食されていく契機ともなった(しかし、筆者の元の勤務先は、人事厚生の成熟度で名高いが、これは明治大学の労組の成果であり、何事もそれぞれに存在理由はあるものだ)。

さて、以上、トランプの豹変は、「高卒白人男性」票だけでは勝利は極めて覚束ない現情では、ヒスパニック票と黒人票を遅まきながら少しでも頂戴しようとしての苦肉の弥縫策ながら、これは効果は期待できない。むしろ、選対側の本意は、筆者には、9月26日のディベイトで繰り出されるクリントン側の切っ先を鈍らせるあざとい戦術(すなわち、「真実以後(PT)の政治」)にあるとしか思えない。彼女は、一直線に突きを入れられなくなるのである。

さて、本節の趣旨に戻ると、メディアが一直線でこういう「PT的の政治報道」の堕地獄へ逆落としになったわけではなく、世論調査を初め現実を数値的に特定して実証主義に代える動きは20世紀に起きた。数値依存はすでに中世時代、会計学の勃興で起きていた。以後、統計学、経済学などが数値依存の主流となり、1930年代、シンクタンクの登場となる。ところが、データ過剰は事実歪曲の温床にも通底していたのである。ここから「陰謀論」が浮上してくる。

FNTVすら浮き上がらせたBのような群小メディアに最近「オルト・ライト(AR/オールターナティヴ・ライト/代替右翼)」という呼称が与えられた。フリンジ・メディア(周辺メディア)として発足したFNTVが事実上、主流化した今日、「インターネットの暗がりに潜み、そこから候補を狙撃する」特徴を護持できるのは、Bのような「暗黒メディア」に絞られてきた。ARとは、当事者の言葉によると、「ネットでは白人至上主義の消毒語」である。

オルターナティヴ(代替)とはいえ、ARは民主党攻撃よりも、共和党主流に造反することからエネルギーを得ている(「茶会派」が最大の実例)。8月25日、ヒラリー・クリントンは、リノ(ネヴァダ)で初めてARの呼称を使って彼らを批判する演説を行い、AR側は狂喜した。敵である民主党のトップからの「認知」に小躍りしたのである。

ニクスン以来の共和党の無頼戦術を見れば、いまさら共和党領袖らの多くがなぜトランプに離反するのか? と首を傾げるのだが、以下の理由かと思われる。ニクスン以降、リンカーンの共和党、「アメリカン・エスタブリッシュメント(AE)」(元は「東部エスタブリッシュメント」と呼ばれていたが、東部から全米に拡大してこの呼称に。詳細は拙著『アメリカン・エスタブリッシュメント』NTT出版)の共和党はほぼ淘汰され、ニクスン、レーガン、ブッシュ父子の4共和党政権は無頼派に乗っ取られた。ブッシュ家などは代々AEの中核だったのだが(拙著『ブッシュ家とケネディ家』(朝日選書)参照)、無頼派(この政権では「キリスト教右翼」)の下支えと、ネオコンの戦略抜きでは運営不可能になっていた。政権をオバマに奪われて以降、茶会派に次いでトランプが新たな造反を率いたので、無頼化なりに党の領袖らはクリントンに必敗の彼に不満をたぎらせているのである。

なお、一般メディアから政治情報を得ている者が大半だが、「真実以後の政治」では保革ともに偏向メディアの草刈り場となり、左派は「デイリー・コス」や「ハフィントン・ポスト」、右派は前記のフォックス・ニュースTVやBと、報道内容に思い切りスピンをかけたメディアをこれらの偏向メディア・ファンらは強い酒として煽り、不如意な自分の人生を忘れる手段に使っている。トランプに夢中になる者たちは、「酩酊度」最高の群れで、ここまで世論を動かしてきた点では威力のほどが分かる。こういう偏向報道の「エコー・チェインバー」に入り浸りの少数が、一般メディアの偏向の少ない報道に接する大多数を凌駕、政治を動かすのである。

●古代アテナイにいたトランプの原型クレオーン●

さしもの猛威を振るった「トランプ腫瘍」も、猛暑の8月、急に枯れ始めた。後述のようにトランプの精神的不調が話題になり出したからである。8月15日時点でヒラリー・クリントンの勝利が88%という説まで出てきた(精緻なデータを駆使する『ニューヨークタイムズ』アップショット欄記者ネイト・コーン。もっとも、前述のように8月下旬、またしても両候補の差は狭まり、コーン自身、首を傾げている。特に迷っている投票者の動揺が目立つ。第三党候補2名の予測票数が計算され始めたことにも起因。またレイバー・デイ以降は、国民の政治関心が薄れることにも起因)。

それにしても、民主党大会から3週間、ヒラリー・クリントンの勢いは止まらなかった。サンダーズ支持層の90%が彼女を支持しているという。他方、5月から7月半ば、さらには共和党大会まで続いたトランプの勢いは、天に消えたか、地に潜ったか? 彼の場合、共和党支持層の70%を切ると言われた。共和党の連邦上院議員7名が、彼の支持を表明していないのも、異例中の異例。共和党の牙城、サウス・キャロライナすら、クリントンが10%以上の差をつけて勝つと見られていた。

そこで、トランプ現象をアメリカン・デモクラシーがついに行き着いた笑劇(ファルス)と見る動きがやっと出てきたが(『ニューヨーク・タイムズ』コラムニスト、フランク・ブルーニ)、デモクラシーの発祥の地とされる古代アテナイでは、この政治制度(古代の民主主義)ははなから衆愚政治の根源と見られていた。

古代西洋史の畏友、向山宏博士に聞いた話だが、当時の戦争は貴族の専権事項で、理由は当時の甲冑が青銅製で、重量と価格ともにヘヴィだったからである。そこへ皮革を打ち固めた軽量にして安価な甲冑が発明され、平民(大半が農民)が一斉に征服戦争に参加、政治的発言権を掴んで、アテナイ民主制の嚆矢となったというのである。

貴族は騎兵として戦闘の先陣を切って敵の戦列突破を武人の誉れとしたが、さすがアテナイ、平民兵士とは身分は対等だったという――おそらく最初からではなく、戦闘規模の拡大によって平民兵士は不可欠となっていったと思われる。最盛期、貴族騎兵千騎、平民歩兵8000名だったと見られている。他方、皮革甲冑をつけた平民重装歩兵は、甲冑を軽量化、敵の戦列に向かって駆けて突撃、戦列を破砕する戦法をとり、これがオリンピアードの種目に活用される人気となった。

さらには平民(これまた主に農民)は、アテナイの海外侵略の原動力、高速戦艦「三段櫂軍船」の漕ぎ手にも雇われ、これによっても発言権を獲得していった。

なお、向山博士によれば、青銅には展性がなく、薄くできないので、貴族&平民ともに皮革甲冑着用時期を中間に挟んで、以後、展性があり、薄く軽量化できる鉄製甲冑が主流化する。さらには皮革甲冑に部分的に、日本の錏(しころ)という首筋を守るべく兜後部にとりつけられた部品のように、鉄や青銅の細板を革紐その他で連結、強度を保持して軽量化を図る工夫もなされた。

従って、貴族の間では民主制はうろんな目で見られ、後世、アメリカ建国に際して施された民主制の神聖化など兎の毛で突いたほども存在しなかった(神聖化の経緯については、拙著『誰がオバマを大統領に選んだのか』第一章参照/NTT出版)。プラトンも、民主制を親世代が息子世代に実権を譲渡する無謀さに譬えている(「親世代」は貴族、「息子世代」は平民)。むろん、「寡頭政治」のほうが有効と見られていたのだ。とはいえ、プラトンの言う「無謀さ」こそ、つまり支配層が国民に主権を委譲するトリックこそ、アメリカン・デモクラシーの要諦で、今回のようなデマゴーグ出現の可能性は想定ずみのはずだったが、どう見てもアメリカ人はトランプの出現を「想定」などしていなかった。

向山博士は、トランプ支持の「高卒白人男性」の遠い原型をアリストパネスの『騎士』(紀元前424年)に描かれるアテナイ市民デーモスらと抱き合わせる。そして彼らを牛耳るデマゴーグ、もみ革屋のパプラゴニア人は煽動政治家のクレオーンをモデルにしていると言う。この人物は、アテナイの大政治家ペリクレスの死後台頭した。

ペリクレスは、農民をスパルタ軍から守るべく籠城作戦をとるが、その間にスパルタ側が農作物をだめにして農地を荒廃へと追いやり、アテナイの中流層だった農民は無産層に落ちぶれる。社会の均衡要因である中流層の没落で、デマゴーグの出番となる。ここが、かつてはブルーカラー中流の支柱であり続けてきた「高卒白人男性」の没落とトランプの活躍と呼応する点だと、向山博士は言う。

クレオーンは、貴族ではないが、奴隷を使う手工業(なめし革製造)の経営者の息子で、この中途半端な階層出身ということが功名心を煽ったらしい。咄嗟に機会を捉え、才覚でみごと切り抜けた例が宿敵スパルタとの戦闘の一環で軽装歩兵(重装歩兵の補助兵力)だけで相手を破る戦法が奏功、絶対降伏しないはずのスパルタ兵を捕虜にして名声を博する。今日では例がないが、クレオーンの場合、武具原料(皮革)のメイカーが軍司令官の二役を演じたことになる(アメリカでは、兵器メイカーのボスが軍の要職に就いた例はないはず)。なお博士によれば、クレオーンの家業は皮革製造で、武具製造業者は別に存在した。

これが紀元前425年だから、断固たる反戦主義者のアリストパネスがクレオーンを不快に思い、翌年『騎士』で相手を風刺した。風刺相手が分かるように俳優は風刺標的の仮面をつけて舞台に立つのだが(博士によれば、後世の憶説)、クレオーンを風刺した登場人物の仮面をかぶる俳優がおらず(クレオーンを恐れて)、劇作者自ら顔を赤塗りして舞台に立ったというから、クレオーンの威勢のほどが窺える。クレオーンが恐れられたのは、成り上がり者特有の了見の狭さから、気性が激しく、デーモス(大衆)の無謀な気質を手に取るように掴み、煽動に長けていたせいだと博士は言い、トランプの特徴と重なると主張するのである。

今日のクレオーン、つまりトランプは、メディアではいっこう恐れられず、連日火達磨になっているのだが。

向山博士によれば、クレオーンを支えた軽装歩兵とトランプ支持の「高卒白人男性」では、それぞれを行動に駆り立てたルサンチマンが異なる。前者の場合、スパルタ軍を逃れて籠城作戦をとったペリクレスのせいで、農地、すなわち郷里を焼き払われた農民の痛切な望郷の念が原動力だった。別な戯曲、『アルカナイの人々』には「望郷の念」の激しさが描かれている。主人公は城内の味方との断絶を誇示すべく、自宅の周囲を家具その他で囲い込み、戦時下にもかかわらずスパルタとの講和をめざす白旗を掲げ、単独でスパルタ人相手に商売を始めようとする。主人公の切羽詰まっての行動が同じ境遇の元農民観客の涙を誘った。「高卒白人男性」との類似点は、ともに失職したという個人の人生では大事件である。

主人公の狂気の行動は、明らかにアメリカに不利な狂気の政策を掲げ続けるトランプとそれを支持する「高卒白人男性」に通底する。スパルタへの通敵行為も、NATO離脱を始め、英のEU離脱支持などを称賛するトランプのロシアへの通敵行為シンドロームと重なる。

●「高卒白人男性」と労組●

一方、「高卒白人男性」は、労組が強かった時代、アメリカでは1950年代までは、以下のような扱いを受けていた。すなわち、民主党支持層の中核を担っていたので、同党政治家たちから頼られ、社会でも学業を早く切り上げて家計に貢献することは大いに多とされた。

ところが、第二次大戦後、3人に1人いた労組員が、今や10人に1人、「産業の空洞化」の猛威のほどが分かる。しかも、高卒白人男性と限定すると、労組員はもっと減る。今日、労組員は、教職員労組のように、公的部門が大半で、学卒者が主流である。

国民的エートスではフロンティア・スピリッツ(FS)と極めて動的なアメリカですらかつては高卒で就職が趨勢だったのだから、マイトシップ(M)という静的なエートスのオーストラリアでは尚のこと高卒で就職が大多数を占めていた。

マイトシップは、われわれが習う英語では「メイトシップ」だが、産業革命で今日の英語発音に変わる前の古い英語ではエイはアイと発音される。だから、われわれが日本の学校で「オーストレイリア」と教わったのに、肝心のオーストラリアでは「オーストラーリア」と発音され、初めて行ったときは勝手が違った。この植民地の「島大陸」へ流刑された者たちは産業革命以後も古い英語を使っていたので、あの国のNHK、ABC(オーストラリア放送)でもこの古い英語が公式英語である(この興味尽きない国については拙著『オーストラリアを知るための58章』明石書店)。

FSは先住民を劫掠しつつ遮二無二「西進(プッシュオン)」を断行したアメリカに比べて、オーストラリアのM、つまり「相棒意識」は、この国の劫掠ぶりが穏やだったことを物語っている。台詞の後に「マイト(相棒)」とつけるのは、イギリスの労働者やオーストラリア人の口癖である。英では、例えば、ロンドンのイーストエンド(EE)では、オーストラリアと同じく、古い英語が話されている。というより、EEで犯罪を犯し、オーストラリアへ流刑されたのが、主に今日のオーストラリア人の祖先なのだ。

そして、語尾に必ず「マイト」とつけるこの癖こそ、「集団で肩を組めば怖いものはない」とする労組の特徴でもある。

同時に、労組こそ労働者を保護し、公的道徳を刷り込める機構で、労組衰退で丸裸にされた労働者らは一斉に右傾化する。今日の右翼の隆盛、移民排斥、ファシズムの隆盛、いずれも労組の弱体化に起因していた。

さて、日本では「うた声喫茶」で愛唱された歌は、この「高卒白人」の日本のお仲間が主役だった。すでに大学進学が主流化しつつあった1960年代でもこの喫茶店は続いていた。大学進学の急増は、来るべき産業&就職構造の激変を予感、この激変に備えるためだった。それでも、労組が今日の劣化を遂げないうちは、労働歌は若者に対する訴求力を保持していたのだ。

「うた声喫茶」で愛唱される歌の歌詞には、階級闘争を踏まえた労働者賛美によってブルーカラーへの差別を抑制させるだけでなく、アメリカのような多民族社会でならマイノリティや移民への差別を主流派民族集団、つまり英系プロテスタントやアイルランド系カトリックのブルーカラーに抑制させる視点も用意されていた。労組は、こういう公民道徳を刷り込む機能も有していたのである。アメリカ南部にも少数いた人種差別反対の白人たちは、労組の平等主義に依拠していた。

さらには、フランクリン・ローズヴェルト大統領のニュー・ディール政策は、南部にも利益をもたらし、南部白人らを大挙、民主党に入党させた。その典型が「テネシー川流域開発公社TVA」で、治水・発電・工場誘致の好循環で流域に雇用を生み出し、おかげを受けた南部白人らは民主党に入党した。

ローズヴェルトの民主党は「北部民主党」で、「リンカーンの共和党」のお株を奪って革新政党となるが、差別的な「南部民主党」もこの時期は親ローズヴェルトだった。しかし、1950年代に公民権運動が起こると南部民主党は急速に右傾化、やがてニクスンの「南部戦略」に惑わされ、レーガン時代に一斉に共和党に鞍替えする。

これ以後、共和党は、労組の階級闘争を攻撃力の源泉として悪用、1980年代、白人ブルーカラーたちがが共和党のデマゴーグどもに利用され始めたた時点で、一転、民主党などの革新勢力への攻撃に転化された。つまり、労組では共和党が代表する資本家階級への敵意だったものが、反転されたのである。そして、同党領袖たちですら辟易する異例のデマゴーグ、トランプによって、労組という基盤を失って衰微した「高卒白人男性」は移民や女性への差別意識をかき立てられ、その訴求力によってトランプは共和党の指名をもぎとったのである。

学歴では自分の足で自立できないと怯んでいた「高卒白人男性」らは、労組隆盛時代、労組推薦の候補に付和雷同的に投票してきたが、労組衰退の今日、支離滅裂なトランプにいいように操られている。労組時代、団結しなければ政治的に無力化されると刷り込まれてきた習性が、希代のデマゴーグへの入れ込みぶりに未熟な形で露呈しているのだ。

それでも、「米労働総同盟産別会議(AFL-CIO)」は1955年、労組隆盛期に成立(公民権運動の勃興と重なるが、北部労組は公民権運動に協調)、2008年に至っても労組はオバマ大統領の登場に貢献できたが、その勢力は激減していた。今日も反トランプの論陣を張ってはいるものの、中心勢力ではない。

日本では、激変は労組の大組織、「総評」が1989年に瓦解、労働者の政党、社会党の衰微、総評をうんと縮小した「連合」に模様替えされた。いずれも「産業の空洞化」に起因していた。この点では、世界的な現象である。

という次第で、トランプを担ぐ「高卒白人男性」は、元々は民主党の大票田だったが、すでに触れたニクスンの「南部戦略」(1968年)、レーガンによる彼らの共和党取り込み(1980年代)以降、労組を捨てて右傾、その共和党に騙された憤懣から今度はトランプに靡き、彼に騙されているのである。

その意味で、労組は民主主義の砦なのだが、産業の空洞化で日米その他の先進諸国はこれが衰退するに任せてきた。トランプは、この空隙を突いて登場すべき鬼子だったのである。

アメリカに「うた声喫茶」があったかどうかは寡聞にして知らないが、例えば1980年代までは、アメリカの大手メイカーの労働者は、愛娘をフィギャースケイトの名選手に育て上げる経済的余裕があった。もっとも、父親は夜も仕事をこなして費用を捻出(今日の「高卒白人男性」の窮地の一斉開始は1990年代に始まったと思われる。日本の「総評」解散は1989年)。

という次第で、「高卒白人男性」らが、歪んだ形でトランプを担ぐことによって自分らの寡頭政治を思い描いているのなら、プラトンの嘲笑は複雑なものになるだろう。トランプの支持層は皮革甲冑で戦場に繰り出したアテナイ平民よりはるかにお粗末なのだから――第一、アテナイ平民には征服戦争という仕事があったが、「高卒白人男性」には仕事自体がないのである。

彼らが労組の劣化によって年来の支持政党、民主党を捨て、ニクスンやレーガンに騙されて共和党に靡いて騙され、今回またしてもトランプに騙される経緯は何度か触れてきた。共和党にも「リフォーミコン」と呼ばれるイデオローグはいて(『ナショナル・レヴュウ』を切り回す編集長レイハン・セイラムらが智慧袋)、今こそ高卒白人男性に一肌脱ごうとしてはいるのだが、レーガン以来の富裕層優遇策の撤回はむつかしい(第一、セイラム自身、トランプ不支持)。さらに8月8日トランプは、彼に対して旋毛を曲げた共和党領袖を宥めるように、同党の減税政策の継続を公表した(富裕層への減税が主軸。共和党領袖が旋毛を曲げた直近の原因は、例のパキスタン系のカーン夫妻へのトランプの激発に対して夫妻への謝罪を要請、トランプがそれを無視したこと)。その演説の場所がデトロイトで、ここは米自動車会社が軒並み南部や国外へ工場を脱出させ、取り残された失業高卒白人男性ブルーカラーの本拠地であるからして、トランプはずいぶんと政治音痴ではある。

しかも、彼の経済ティームたるや財界では無名の連中ばかりで、主流はそっぽを向いているのだ。

セイラム自身は、トランプが高卒白人男性に訴求力を持てたことは認め、こう譬える。「高校のダンスパーティで長らく壁の花扱いされてきた彼らに、やっと声をかけてくれる相手が現れたんだからな」。セイラムと手を組むリフォーミコンの共和党評論家ロス・ドウザットは、カトリックで、反トランプである。一方、前述の煽動家ラッシュ・リンボウは、リフォーミコンには反対である。理由は、穏健保守への逆戻り、リベラリズムへの降伏とリンボウが見なすため。

これでは、高卒白人男性は浮かばれない。8月初旬の「ウォール・ストリート・ジャーナル/NBC世論調査」では、トランプは高卒白人(男女)で13%、高卒白人男性で21%クリントンをリードしているだけになってきた(過去に比べて差が詰んできたのである。元々、彼女の祖父は炭鉱労働者で、2008年の民主党予備選ではオバマ忌避の労働者票をさらっていた)。

とはいえ、古代アテナイにおける民主制のうろんさが、膨大な時を隔ててトランプと彼を支持する「高卒白人男性」において蘇った事態に言及し、それを掘り下げる者はいない。前述のブルーニは、トランプがリンカーンの政党(共和党)がトランプのような男を指名した事実には、「度肝を抜かれなかった者がいれば、教えてほしい」と書いている。筆者は彼が使った英語、「scare the bejesus out of you」という熟語を知らなかったが、bejesus はby Jezusを1語にした言葉で、元々はこの2語は by Joveなどと同じく驚きや当惑(いやはや)を表す間投詞として、やや 古めかしいながら今も使われている。bejezus を含む熟語が使われたについては、アメリカ人の驚愕と困惑の深さを見る思いがする。

なお、ブルーニは、名から分かるようにイタリー系で、ゲイだから、はなから共和党支持者ではない。

●トランプ、躁病説の登場●

さらに不思議なことは、冒頭で触れた、トランプを狂乱状態へと追いやることになったスピーチを行ったキズル・カーン(パキスタン系)を民主党大会に担ぎだしたヒラリー・クリントン選対の「軍師」の名が明かされないことだ。このスピーカーの弾劾に対してトランプがあれだけ狂態をむき出したのは、後追いでメディアが遅ればせながらほじくり出した彼の徴兵猶予(詐術による事実上の「徴兵忌避」)と、イラクで名誉の戦死を遂げたフマユン・カーン大尉との、あまりにかけ離れた生き方ゆえだった(とすれば、少なくとも徴兵忌避を「忸怩」たる思いではいるわけだ、トランプは。何せ5回も「徴兵猶予」をものにしていた男である)。ともかく、トランプのような人物に食らわせるランジ(フェンシングの突き)としては、彼が以後見せた収拾のつかない狂態を引き出した以上、剣先に塗られた毒素の強度を証明している。ぜひとも、「軍師」の名を明かしてほしい。

さらには、あの慎重なオバマ大統領ですら、キズル・カーンを巡るトランプの狂態に沈黙を破り、共和党領袖らにトランプがいかにアメリカを窮地に追い込む元凶であるかを訴え、領袖らに彼らの指名候補の撤回を申し入れた。この発言抜きでは、現職大統領の重責を全うできないとの熟考の上での発言だろう。そして、それゆえに、正体不明の「軍師」のランジの切っ先が届いた深さが窺えるのである。

なお、いくらオバマ大統領が非難しても、トランプが死ぬか下馬か不慮の事故で選挙を続行できなくなった場合以外には、共和党側が党指名を受けた彼を除名はできない(以前も触れた彼のTV番組でトランプの決め台詞「ユア・ファイアド!」を党側が彼に対して使う機会はないのである)。「共和党全国委員会(RNC)」には、全米各州の代議員の意向を無視して指名候補の除名はできないのだ。

その「不慮の事故」だが、共和党支持ながら穏健保守派の信頼できる論客、デイヴィッド・ブルックスが、ついにトランプの狂乱を「中級レベルの躁病」の典型的症例として言及した(『ニューヨーク・タイムズ』2016年8月5日コラム)。ブルックスが列挙する症例だと、「誇大な自尊心、不眠、衝動性、攻撃性、自分が無知な事柄について意見を口にしないではいられない衝動」などである。さらには、トランプのスピーチ・パターンが精神病理の教科書通りだと決めつけ、その最大の特徴、「観念の飛躍」は、「連想機能の破壊に起因する」という。ブルックスが練達の精神病理専門家に聞いたところでは、トランプのスピーチは精神を病んでいた故ロビン・ウィリアムズのモノローグに似ているが、優しい人柄だった喜劇俳優はジョークに紛らわせるのに対して、トランプは侮辱を連発する。

ブルックスほどの人物だから、十分専門家に確認をとった上でのコラムだと思われるが、「不眠」が事実なら、メフィストフェレスに魂を売り渡して超人力をもらったファウスト博士同様、トランプも「魔神」ではなかったことになる。となれば、9月26日のヒラリー・クリントンとの第1回討論まで彼が候補として生き延びられれば、彼女は相手をコテンパンに叩きのめした場合、病人に対する惻隠の情に欠けた女性として大きな罰点をつけられる恐れが出てきた。代わって病人をあやす役割を求められるのである。この「罵詈雑言居士」に対して、かなり無理な注文ではあるまいか。さらに言えば、共和党の今回の窮地は、あくまで自業自得で、ニクスン以来の「無頼戦術」の因果応報なのだ。

ブルックスのコラムが出るかなり前から、トランプの異常を訴える精神分析医師は1000名を越えていた。本欄で何度か触れてきた「社会の常識システム」を度外視すれば、個人は「天才」にもなれるという論旨と結びつくわけだが、分析医らの一致したトランプの異常さは、「感情移入の欠落、悪意あるナルシズム、パラノイア、誇大妄想、自身を神と同列に見なす傾向」などである。これらは、幼稚園から大学までの教育過程を経て撓められるが、教育過程でも持って生まれた自己の一部をどうにか撓められずにすんだ少数がエリートに育つ。つまり、冒頭で触れた(1)と(2)の鬩ぎ合いで、(2)をねじ伏せて「凡才(盆栽)化」を免れた人物である。とはいえ、この鬩ぎ合いは過酷で、発狂者や犯罪者も出てくる。

要するに、病気の診断は、本稿の冒頭に掲げた(2)、つまり「社会によるサイジング・アップ」の典型である。とはいえ、精神の病の場合、「セルフ・サイジング・アップ」の例は多い。勝手に自己診断を下してしまうのである。筆者も若いころ、精神を病んでいると思い込み、入手可能な診断書を購入、しかし「自己診断」に自信が持てず、精神科医師に逐一自分の自己診断を報告、相手が薄ら笑いを浮かべて頷くだけだったのに診察料はちゃっかりとったことに腹を立て、以後2度と精神科に行くことはなかった。

トランプには、筆者のしおらしさは兎の毛で突いたほどもなく、ただし彼はこう自前診断を下した――「だからこそ、おれは天才なんだ!」。この自己診断の成果は長く持続、大統領選でのスピーチだろうと来るべきクリントン相手のディベイトだろうと、一切、予定稿抜きの、ぶっつけ本番で切り抜ける荒技の駆使を可能にしたのである。

筆者の場合、(1)が(2)をどうにかねじ伏せはしたが、トランプよりははるかにつつましかった。

さて、政治の世界では、単なる1個人である候補者が膨大な有権者を魅きつけるには、異常の才幹を発揮するしかないが、その過程でトランプのように「箍の外れた言動」が飛び出してくる。しかし、メディアは軽々に「精神の異常について勝手診断」を下してはならないルールがあるのだ。1964年、リンドン・ジョンスン(民主党)と争って敗れたバリー・ゴールドウォーター(共和党)は、冷戦下の世界での存続を訴える度合いが異常だと見なされ、メディアでは火達磨となった。ジョンスン陣営は、ゴールドウォーターの危険性を訴えるTV広告に、花びらをむしる女の子を使い、彼女がむしり終わると核戦争開始という手を使った。今回、クリントン側も、政治広告では「トランプ・サイコパス説」を流し始めた(サイコパスとは、「精神病質者」)。

 敗退したゴールドウォーターがメディアの1つを訴え勝訴した結果、「ゴールドウォーター・ルール」ができた。「全米精神分析医協会(APA)」が、1973年、「公的候補の精神状態について、医師が診察と診断過程を経ないで軽々に意見を述べてはならない」という趣旨である。主な理由は、(1)直接の診察を経ない診断は誤謬が多い、(2)無責任なレッテルを貼ることで当人と家族に有害、(3)医師は患者の秘密厳守という業界の義務に悖る。

足での調査抜き、推理だけで事件を解決する探偵を「アームチェア・ディテクティヴ」というが、(1)はさしづめ「アームチェア分析医」ということになる。

とはいえ、ニクスンをはじめ、大統領のパラノイアのメディア側の分析は多岐にわたる。リンカーンの鬱病は名高いが、ショシュア・ウルフ・シェンクは古今の膨大な医学資料を渉猟駆使して死せる偉人の病理を解明、鬱病の積極的な意義にまで言及した(『リンカーン――うつ病を糧に偉大さを鍛え上げた大統領』明石書店、拙訳)。

後は、トランプの異常さを論じるなら、公平を期すべく、ヒラリー・クリントンの「遠隔診断」も平行して行うしかないわけだが、トランプは一足先に彼女を「不安定で箍が外れている」と決めつけた。後述のように、ヒラリーの強靱さは筋金入りで、彼女に限って「不安定で箍が外れた」ところなど兎の毛で突いたほどもないのである。

それはともかく、「今回は異例だ」という理由で、この6月、2200名もの分析医がオンラインで出されたトランプ忌避の声明(ミネソタ大教授、ウィリアム・ドハティが音頭とり)に署名したのである。

●「私の前には極めて長いナイスな休暇が待っている」●

8月11日に至って、トランプの「病理」度は衰える兆しは見えず、例えばヒラリー・クリントンとオバマを「ISの創設者」と決めつけた。場所は、「キリスト教右翼」の牧師700名相手の集会である(於オーランドー、フロリダ)。

これは、テレビ出演でも口にしたので、インタヴューアーから窘められると、「だって絶対そうなんだから。私の発言のどこがおかしいんだね?」と切り返した。むろん、例によってデータ抜き、資料抜きである。「オバマがISの創始者だ」との発言をラジオの司会者が咎めると、「本気で言ってるんだ。オバマもクリントンも名誉あるISの創始者だぜ」。司会者が「オバマ大統領はISを殲滅しようとしてきたではないか」と言うと、「知ったことか。創始者は彼で、だからイラクから軍を引き上げたじゃないか。IS創始者の証拠だよ、いいかね?」。

こういうしっちゃかめっちゃかな論法を改めないとと警告されると、こう言い返した。

「たとえ負けても改める気はない」。

かと思うと、前述の牧師集会での彼は露骨に自分の窮地を訴え、助けを求めた。指名獲得時点では資金難ゆえにフロリダ、オハイオ、ペンシルヴェニア3州での勝利に賭けると見栄を切ったくせにが、牧師集会では「オハイオでも助けが要る」と弱音を吐いた。ペンシルヴェニアでの勝利は一層覚束ない。この州では過去6回の大統領選では共和党候補は敗退している。例えば、同州の決戦場である州内諸都市の郊外での勝敗が決め手となるのだが、クリントン52%、トランプ26%と大差がついている(8月10日、NBCニュース/ウォール・ストリート・ジャーナル/マリスト大学世論調査)。ついには8月11日、CNBCでのインタヴューでは、罵詈雑言方式は変えないと断言、「この方式が有効ならよし、おれ一人がこの流儀に固執する事態となれば、私の前には、極めて長いナイスな長期休暇が待っている」と自ら下馬を匂わせた(さすがにこれは初めてである)。

この発言からは、トランプがこの選挙でダブルバインドに陥り、現状から抜け出したがっているように思われる。「不眠」の兆候が起きていれば、自滅は近い。

なお、ヒラリー・クリントンのほうは、ほぼ民主党地盤と見なされる14州で勝てば、選挙人269名を確保できて、後1名を他州でとれば、全米史上初の女性大統領になれる。トランプのほうは、確実と言われていたジョージアですら危ない状態である。

筆者の記憶でも、ニューヨークでの地価&家賃&生活費高騰に音をあげて物価の安い南部への移住は引きも切らず、1990年代でもアトランタには相当数の「移住者」が存在していた。彼らの大半が北部の良識に培われたリベラルで、そんな彼らの数は増える一方、大西洋岸の南部諸州は急速に民主党の票田と化してきたのである。

その結果、日本でお馴染みの「帰省ラッシュ」がアメリカでも始まった。クリスマス休暇には、これらの北部からの南部流入組が一斉に北部の郷里を目指してフリーウェイやターンパイク(有料高速道路)を埋めるのである。

時あたかもイギリスでは、トランプ下馬をめぐる賭が有卦に入っていると言われる。

ブルックスのコラムの翌日(8月8日)には、同紙に「副大統領候補マイク・ペンスはトランプに下馬を説得すべきだ」というコラムが出た(筆者はマット・ラティマー)。キズル・カーン演説で一変した流れの一環である。トランプが応じなければ、ペンスの最後の打ち手は自身が下馬することだというのである。

さらにその翌日(8月9日)、連邦下院議長としてビル・クリントンを痛めつけて悪名を轟かせたニュート・ギングリッチが、マイクル・バーバロ(『ニューヨーク・タイムズ』記者)から「トランプは合衆国大統領として精神的に適合か?」と聞かれて心もとなげに「そうさねえ、私の答えはシュアだね」と答えた。バーバロ記者が「シュアよりもっと強い」表現をと求めると、ギングリッチは、歴史学者らしく「少なくともアンドルー・ジャクスンが頼りになるという程度には頼りになるということだ」と言い直した(この第7代大統領については、すでに前回のトランプ特別編1で言及ずみ)。そしてこう言い足したのである。「私の言う正常とは定義致し兼ねる性格の持ち主にしては頼りになるということだ」。そしてギングリッチはジャクスンの決断力を褒め上げ、リンカーンをこき下ろした。

正確には、記者はこの後で先程の「シュアよりもっと強い表現は?」との質問を発したのだが、ギンギリッチはこう答えている。「トランプには、壊れかけたシステムを壊すだけの意欲がある。あらゆる体制の外に出る覚悟がついていて、共和・民主両党の体制と戦える自信を持てる人間は正常とは言えないはずだ」。

連日、トランプ異常説が流れ始めたのは、共和党にトランプの指名撤回ができない以上、彼を「病人扱い」するしか手がないとメディア側が遅まきながら見て取ったのだろうか?

共和党自体、内心その手に乗ろうとしているのか? ギングリッチは、「異常人でないと大改革などやれっこないという」常識論への巧妙な逃げ道を用意しているのだが。

●「トランプ自身からトランプを救う努力」の挫折●

8月13日には、テレプロンプターの演説草稿を無視して罵詈雑言の脱線独演会を展開させまいとしてきたトランプの身内(愛娘イヴァンカの夫ジャレッド・カシュナーが元締め)や選対による「トランプ自身からトランプを救う努力」は水泡に帰した結果が報告されている。まさに前回の特別編1で譬えた「デマゴーグのキングコング」自身、自分で自分の始末がつけられなくなってきたわけである。世論調査で軒並みヒラリー・クリントンに差をつけられても、自身の演説会場に押し寄せる聴衆の数を自慢する無邪気さは、落ち目のがき大将そのものである。それでも、人目がないと不機嫌に落ち込み、トンチンカンな言動が出るという。

この両極端ぶりは、病気の兆候としては「躁病」よりも躁病と鬱病の両極を往復する「バイポーラー(躁鬱病)」を思わせる。人生での長い鍛練を省略、何ら客観的な自己陶冶を経ていない、つまり冒頭で触れた(1)&(2)の鬩ぎ合いが弱かったトランプは「生地」だけで深刻な人格陶冶の果てに躍り出てこられる合衆国大統領選に飛び込みで参加した。動機は「大統領として統治する」ことより「有名になれる」という単純なもので、たとえ「クリントンに負けても勝ったことになる」というのだ(映画界に詳しいライター、ニール・エイブラー/『ニューヨークタイムズ』8月19日)。本連載本編でも触れた彼のナルシズムの極致である。

例えば、トランプ・タワーの豪華なガラスを「私ならもっと安い素材にした」と実父フレッドに言われると、「そこが親父とおれの違いだ」と自身を褒めあげた安直さ。一方、ヒラリーは、新兵訓練係の下士官だった実父に鍛え上げられた。この鍛練過程で、人格形成には不可欠な既知の諸項目が彼女の生の生地を、世間に通用するものへと鍛え直す鋳型として使われた。長女に男子を望んでいた彼女の父親は、男女どちらにでも使えるヒラリーと命名し(原義はハイレアリアス〈陽気な〉」だから実際は男名前)、しごきにしごいた。それを耐え抜いたヒラリー自身、「私だからよかったけど、誰にでも効く手じゃなかったわね」と述懐している。

2016年の民主党予備選での深刻な浮沈、トランプという異様な怪物との対決――ヒラリーは州知事夫人、ファーストレディ、連邦上院議員、国務長官として揉まれぬいた結果、精神のどこにも亀裂を生じさせることなく、ついに決戦の秋を迎えた。彼我のこの大きな違いを見よ。

●負けても勝ちのトランプ●

要するにトランプの場合、予備選から本選挙では潮目が激変することについていけていない事態から来る不調である(ジュリアーニ元ニューヨーク市長は、「潮目の激変」にトランプが気づくのはもう少し時間がかかると同情的だ)。

「潮目の変化」とは、党派性で魅きつけることができる予備選の有権者と、大統領としての適格性で票を獲得するしかない本選挙の有権者とは、極めて異質な票田であるということだ。彼らの多くはなかなか決断ぜず、勝利はこの最終決断層の獲得にかかる。つまり、何度も触れた「高卒白人男性」以外の票田の開発という戦術が、支離滅裂なトランプにはないことが、両党の予備選終了で露呈されてきて、彼の錯乱が始まったわけである。

だからこそ、ジュリアーニはいざ知らず、ブッシュ息子大統領の知恵袋だったカール・ローヴは、「トランプが大統領選挙の基礎知識にこれほど疎いとは仰天だ」とボヤく。そして、「彼なりに自分の無知そのものにパニックに陥ってるんじゃないのか」と言う。選対を政治にはど素人の娘婿ジャレッド・カシュナーが牛耳っている事態からは、容易に想像がつく状況ではある。だからこそ、さすがのトランプも、「ひょっとして負けるかも!?」と思い始めた(それが前述の8月11日の「長いナイスな休暇」発言)。

しかし、トランプに賭けてきた無能な取り巻きは、「まだ21州でクリントンと競り合える」などと言っているから、ボス以上に「虚言癖」で心身を支えていることになる。

赤い州vs青い州が話題になった当時、民主党支持州、「青い州」は西海岸南北全域に対して、東海岸は旧北部の州までが限界とされていた。ところが、今回の選挙では東海岸南北全域に「青い州」が広がったと言われている。前述のように、北東部、特にニューヨークの地価と家賃&生活費の高騰を避けて、南下する者が増えて、彼らが南部の旧弊な世論をリベラル化しきたのだ。共和党絶対有利のサウス・キャロライナ州ですら、73万5000人も北部から移住してきた。

トランプの躁病的側面は、キズル・カーンへの対応失策以後の乱脈発言を取り上げるメディアへの攻撃へと急展開した。その典型例が、オバマとヒラリー・クリントンが「ISの始祖」という支離滅裂な発言を攻撃されて、トランプは「あれはサーキャズムだったのに、やつらにはそれも分からない」と切り返した。サーキャズムは、「厭味、当てこすり」で、アイロニー(皮肉)より質が劣る。

トランプのこの発言は、イスラム側のテロ組織からは「サーキャズム」とは受け取られない。例えば、ヒズボラ幹部、ハッサン・ナズララーは真に受けて(いや、受けたふりをして)、こう発言したのである。「これは、アメリカの大統領選候補の発言だ。これは共和党を代表する発言である。彼のはデータと文書を持った上での発言なのだ」。むろん、ナズララーはお馬鹿なトランプの馬鹿発言の言葉尻を捉えているのだ――ナズララーは馬鹿ではない。

トランプの自信は、狂気と紙一重であるのは、彼の以下の発言に露呈している。「メディアの連中は、このおれの正体を見届けようと躍起になってるが、結局はそれができないんだ」。メディアという言葉に変えて彼は、「テレビに出てくるこの哀れな専門家連中」と呼んでいる。本連載の本編でも述べたように希代のナルスシストである彼は、テレビ画面の自分を本質的な自分と取り違えていた。彼の大先輩ナルシスト、元イタリー首相シルヴィオ・ベルルスコーニは、病が高じてテレビ会社そのものを所有したのだが、トランプはそこまで行かない。所有しないが、メディアで取り上げられていくらという自己評価ゆえに以下の「お粗末ぶり」が浮かび上がる。元来、冒頭で触れたように、自己品定めが最優先のはずのトランプがナルシズム面では世間の品定め(テレビに取り上げられること)を最優先させている――この皮肉からは彼の「知性」が伽藍堂であることが浮かび上がる。

さて、そのメディアでは悪評さくさくとなると、愛憎極まって敵に一変する。「こいつら、人間として最低だ」と決めつけ(トランプには言えた義理ではないが)、集会では盲目的な聴衆をけしかけて取材記者らに威喝のジェスチャーをとらせた。女性記者の1人は、集会後、大統領警護のシークレット・サービスに車まで護衛を頼む始末。こういう戦術も、予備選より本選挙の有権者相手には罰点となるだけだ。クリントンン側の銃規制策に抗して「全米ライフル協会(NRL)」支持演説の中で、彼女の暗殺を匂わせるに至っては、「躁鬱病」との不気味な一致すら浮かび上がる。ブッシュ息子政権の報道担当官だったアリ・フライシャーはこう嘆く。「何という阿呆だ。まさに本物のど阿呆だ。自分で問題を創り出してるんだからね」。

とはいえ、世間が〈これでついに奴もお陀仏か?!〉と思うたびにトランプは蘇り、ついに共和党の正式指名を勝ち取ったではないか。この期に及んで、またしてもそれが起きたのである。指名獲得の5月末、手持ち資金わずか130万ドル、ヒラリー・クリントンの選対700名に対して彼の選対は70名がやっとこさっとこと伝えられた。

ところがそれから2か月足らず、小口献金で8200万ドルが集まったのである! ヒラリー・クリントンはもとより、良識派の目には、トランプの不死身ぶりは魔物としか思えまい――今度こそ仕留めた!と肩の力を抜いたとたん、またぞろ蘇ってくるのである。高卒白人男性らは、まさに空っぽの財布の底をはたいたのだ。彼らの絶望の深さが窺える話である。

さらには、いったんついに沈没かと思われていた支持率を、後述の新選対が8月下旬、またしても回復させた!

これに力を得たのか、トランプは予備選でとってきた喧嘩腰の選挙戦に固執する肚を固めた(つまり、本選挙での戦術変更を拒否したのである)。6月に次いで8月17日、選対トップを再び入れ替え、極右ブログ、「ブレイトバート」(前述/以後B)を率いるスティーヴン・バノンを雇い入れ、戦線を統一した。さらには、前回で触れたロジャー・アイルズ(元フォックスTVニュースのトップ)をヒラリー・クリントンとのディベイト(9月26日が第1回)のコーチに招いた。

千軍万馬のアイルズは、トランプ躁病説(彼女の陣営はすでにトランプを「精神病質者」と決めつけるテレビ広告を流している/前述)を唱える彼女を逆手にとり、「惻隠の情に欠けている」と突きを入れて、ヒラリー・クリントンの切っ先を鈍らせておいてから、いきなりトランプに必殺のランジ(突き)を繰り出させて彼女を仕留める秘術を授けるだろう。彼女の側にそれへの備えがあるかどうか? 参謀側の強かさに全てがかかることになろう。

もっともトランプは、従来の選対トップ、ポール・マナフォートは日常業務からは解任したものの、肩書は残した。マナフォートは前述のように、ウクライナの親ロ政権の参謀に雇われていた前歴が、今日のウクライナ・反ロ政権によって報酬面まで暴かれ、トランプの親プーティン姿勢がさすがに罰点になると恐れ始めてのことである。

ところが、マナフォート自身は19日、完全にトランプ選対と縁を切った。

「ブレイバート(B)」は、「陰謀論」がナイフである点では、トランプと同じ穴のムジナである。ヒラリー・クリントンは、夫の政権がセックス・スキャンダル攻勢にさらされたとき、「膨大な右翼の陰謀」という名言を吐いた(1998年、テレビ番組「トゥデイ」。詳細は拙著『ヒラリー・クリントン――運命の大統領』朝日新書、参照)。共和党側は悪達者な秘密の弁護士集団(ラザファド研究所)を駆使してのなりふり構わぬ攻撃に火達磨になった被害者にしか分からない甚大な被害だったが、当時のメディアは呑気で、共和党の陰謀論には無知だった。さすがに、今日のメディアはそれに気づいている。いや、今日の「陰謀論」は共和党すら乗り越えて、「陰謀のコングロマリト」に一変、「B」の同類が犇いているのだ。バノンのウエッブサイトだけでも、7月にヒットした数は実に1830万! 陰謀論が産業と化した事態は、これらの1830万人が下支えしているのだ。夫ビルを大統領に当選させたジェイムズ・カーヴィルに言わせれば、「やつらはしょっちゅう『ヒラリーが死にかけている』と吠えている」。ヒラリー選対側の強い要請で、メディアは虚言とうろ覚えだらけのトランプのスピーチや発言のファクト・チェックをやるようになった。

なお、68歳のヒラリー・クリントン、70歳のトランプだけに、両者は健康チェックは公表しているが、納税報告もネグったトランプだけに、チェックは申し訳程度である(医師は診察抜き、会見抜き、わずか5分で「大統領に選ばれた中で最も健康な人物であることを保証する」と書き殴った。そのくせ、トランプは完璧な健康チェックを公表したクリントンが「病気持ち」だと言いふらしているのである(補遺で触れるように、図らずも例の「肺炎騒ぎ」で嘘が真実になった!)。

おそらくトランプは疾患を抱えていると思われるが(躁病?)、それを棚に上げて彼女の健康に?を投げかけ続けているのは、前述のカーヴィル発言の通りである。トランプの「棚に上げて戦略」と呼ぼう。彼女自身は、「ドリーム・オン(夢でも見てるがいいわ)」といなした(万事、この調子でいなせば、彼女の勝ちである。もっとも肺炎騒ぎで「ドリーム・オン」とは行かなくなったのだが)。

陰謀論の元凶は、ニクスンの「南部戦略」が嚆矢だったことは度々触れてきたが、1964年から今に到るも健在ではある。その紆余曲折は省くが、共和党全国委員長ケン・メールマンが、2005年に「南部戦略」の駆使を公式に謝罪しているのだが、半狂乱のトランプの登場でメールマンの謝罪などどこかへ吹っ飛んでしまった。

とはいえ、「B」のバノンが選対を仕切ることになって、急遽8月下旬、トランプは過激発言を修正し始めた。特に移民排斥では、ヒスパニックに関するかぎり、彼がこきおろしたジェブ・ブッシュ(一時は共和党の本命候補視された)の主張に酷似した妥協点まで後退、もっとも発言は幼児語に近く、「第1、連中を放り出す。第2、連中と一緒に仕事する」だったが、支持者らは卒中を起こしかねない慌てようだった。後述のように、トランプはすぐ過激発言に戻すのだが、おそらく9月26日のヒラリー・クリントンとのディベイトで彼女から指弾されたとき、「連中と一緒に仕事する」と発言したと言い訳して相手の出端を挫く策略ではないか。

こういう放胆さは、トランプがはなから大統領選自体を「しくじった不動産商売」視しているからだという説が出てくる。ハリウッド評論家のニール・ゲイブラーの見方で、「トランプは負けても勝てる」と言うのである。「だからはなから大統領選にはろくに投資もしなかった」。世界の煩雑な業務を集約したホワイトハウスでの政務など、彼には興味のかけらもなく「負けることを勝ち取ろうとしている」というのだ。

●ジャンク・フッドに目がないトランプ、白人男性票でも劣勢に●

さて、トランプはジャンク・フッド好きという点では、高卒白人男性ブルーカラーと好みが一致している。ただし、以下の点では彼らと好みが違う。トランプは、専用機の特等席で正餐をとるときのように、きちんとナプキンをつけ、ナイフとフォークでケンタッキー・フライド・チキンを食べる――『ウォール・ストリート・ジャーナル』を読みながら。彼がジャンク・フッド愛好家なのは、ジャンク・フッドは単純な製造工程ゆえに衛生的なのと、摂食マナーが保てるためだ。

ビル・クリントン大統領もジョギング後はマクドナルドで寛いだ。もっとも、彼は義父が実母を殴る不幸な家庭で育ち、異父弟のためにブライズという実父の姓を捨て、義父の姓クリントンを名乗った優しさゆえに、義父との緊張に支配された子供時代、過食に陥り、心臓肥大の原因となった(後に心臓手術、今日の細身の健康体に)。一方、ヒラリーの食事嗜好は話題にならないが、これは彼女には不利だろう。精緻過ぎて、安直な嗜好を口にできないのだ。自分の服装や髪形を民衆の好みに合致するよう試行錯誤を繰り返したのも、生真面目な性格ゆえで、こういう点が安易な人気の妨げになっているのかもしれない。

また、ジャンク・フッドこそ、世界に展開できたアメリカニズムの食生活面でのシンボルではある。

なお、トランプの聴衆が、ヒトラー支持層を彷彿させる画像は、『ニューヨーク・タイムズ』8月3日付が披露した(題名、Voices from Donald Trump's rallies, uncensored)。彼らの大半は暴力的ではないのだが、抗議に紛れ込んだ「敵」に対しては「凶暴」である。支持層の多くがおとなしいのは、「敵」と勘違いされたくないためだろう。

とはいえ、クリントン側にすれば、ここにこそ浮かぶ瀬があるはずだ。高卒白人男性らに仕事を生めるのは、田舎町の小企業だから、地方の小規模銀行の融資額を増やす手だてを講じる口約が大前提となる。

7月の「ニューヨーク・タイムズ/CBSニュース合同世論調査では、「高卒白人男性」にも彼女の支持者は29%いた(トランプは55%)。何度か触れたように、2008年度の民主党大統領予備選では、高卒白人男性らは、黒人の血が混じるオバマを忌避、一斉にヒラリー・クリントンに靡いたものだった(彼女の祖父が炭鉱夫だったので)。

2016年の民主党大会が成功裡に終わった8月初旬の4つの世論調査では、高卒白人男性のトランプ支持は51.5%、6、7月の調査では57%を越えていた。

ちなみに、ヒラリーの祖父はブルーカラーでも、孫は弁護士、政治家になれたわけで、彼女の3世代は炭鉱夫・製造業労働者から「情報サービス生産」部門(弁護士)への移行という、世界の先進諸国でお馴染みの必修の就業パターンが、わずか3世代を経れば移行実現可能な最適の実例である。

バーニー・サンダーズは、銀行攻撃の一本槍、経済政策0とという無責任さではトランプの無謀さといい勝負だった。トランプのおかげで、共和党の良識派はますますクリントンに傾かざるをえないわけだから、そのための手だて(地方銀行の地元産業への融資増額等々)の案出こそ「未だに名が明かされないキズル・カーン夫妻を登壇させた例の軍師」の出番となる。

ところが、8月18日の『ニューヨーク・タイムズ』のジェレミー・ピーターズ記者の記事では、以下の試算が紹介されている。トランプに有利な世論調査ですら、クリントン支持50%、トランプ42%、クリントンは相手に1100万票差で勝てるというのである(中立的なブルッキングズ研究所のウィリアム・H・フレイ)。「高卒白人男性」の99%が投票場へ足を運んでも、トランプは勝てないというのだ。

大統領選の「天王山」と言われるオハイオでも、男性票ではクリントン41%に対してトランプは42%(NBCニュース/WSJ/マリスト大調査)、これでは女性票、マイノリティ票を入れれば彼の必負となる。

最近の調査では、男性支持層全般では、トランプ42%、クリントン43%と逆転した(NBC/WSJ調査)。白人有権者数は、1980年の大統領選時点では88%の高率、以後4年毎に数%減り続け、2012年の大統領選では72%、2016年時点は70%を切ると見られている。この総数から、白人女性と学卒白人男性と有色人種の男女をさっ引けば、トランプの弱い立場が透けてみえてくる。さらに言えば、高卒白人男性の投票率は伝統的に低く、一方、2012年の学卒白人は高卒白人より21%高かった。今日の調査では、この差はさらに広がり、トランプの支持率は惨憺たるものになるという。別な調査マンによれば、トランプの学卒白人男性票は2012年、ミット・ロムニー獲得票の半分を割ると見られている。大半がクリントンに行くと見られているのである。

●「青い州」が東海岸全域に拡大、しかしヒラリーの難題●

確かにトランプは党指名を獲得するまでは不死身に見えたが、冒頭で触れたように、キズル・カーンへの対応をしくじった結果、彼の支持率が急落した(ヒラリーに2桁差をつけられた世論調査もある)。さらには、資金面で彼女に大差をつけられているトランプが、背水の陣ともたのむフロリダ、ペンシルヴェニア、次いで第二のマジノ・ラインと見るミシガンでも、彼女に差をつけられた。さらには、ジョージアですら、惨敗との予測が出た。

特に議会選挙では自党大統領選候補と共闘するのが習いの議員候補らは、相次いでトランプ離れの動きを見せた。ヒラリー選対は「離反監視班」を設置、離反共和党議員候補らに誼を通じ始めた。シリコン・ヴァリーの大物事業家メグ・ライアンに対しては、ヒラリー自ら7月に電話、自分の支持に切り変えさせた。

彼女の共和党の反トランプ分子の取り込みはこの状況では常套手段だが、民主党左派、特にバーニー・サンダーズ支持からしぶしぶクリントン支持に転じた者たちが政策二の次の場当たり戦略と批判する。クリントン選対の標的は、レーガンやブッシュ父子政権時代の共和党領袖、さらにはヘンリー・キッシンジャーにまで及んでおり、党内左派は「軒を貸して母屋をとられる」と懸念を深めている。

とはいえ、トランプは共和党でも極めて異例の候補であり、今や水に落ちた犬である彼を叩くには、共和党をさらなる分裂へと追い込む作戦は絶対命題である。政治が勢いだと熟知している民主党左派の領袖の1人などは、「デイヴィッド・デュークより1度でも左寄りの共和党員なら大歓迎、今やそういう段階だ」とまで言い切る。デュークは、KKKの大幹部である。

そもそもなぜ共和党が議会を独占できるのか? これ自体がこの政党の詐略に起因しているのだ! アメリカの議会選挙区ではゲリマンダリングが認められているのはお聞き及びかと思うが、例えばこんな具合である。ある選挙区の共和党獲得票が60%、隣接選挙区が48%の場合、両選挙区での共和党得票率108%を2で割って54%で揃うように選挙区を変形させられるのである。こう書き換えれば、共和党は2選挙区で勝てる。

元々、ゲリマンダリングは黒人候補者の当選数を増やす目的で認められた、公民権運動の成果だった。これを共和党が悪用したのである(むろん、民主党もゲリマンダリングをやれるのだが、阿漕さでは共和党に太刀打ちできないのである)。

例えば、ペンシルヴェニアで実施された2011年の選挙区改変では、2012年の選挙で民主党は得票率が共和党より3%多かったのに、18選挙区中5つしか勝てなかった。共和党は、13の選挙区で勝ったが、4は2%以下の差、6は6%以下の差だった。堂々と勝てたのは3選挙区にすぎなかった。

さて、選挙区は刻々に人口動態が変わる。ヒラリー・クリントンは、全米で共和党支配の議会選挙区54で優位、代わってトランプ優位の民主党支配議会選挙区はわずか3だという。

とはいえ、ゲリマンダリングの主役は州議会なので、共和党の悪達者ぶりは末端にまで貫徹され、翻って民主党の甘さが目立つ。従って、トランプ不人気で共和党連邦議員の落選相次げば、共和党州議会議員も被害を被る。

クリントン側には、以上のからくりは見えているにしても、これに付け込めなければ、かりに彼女が政権をとっても、2018年の中間選挙ではまたしても共和党に議会を奪われる。地球温暖化の切迫は誰の目にも明らかだが、連邦議会が共和党多数であるかぎり温暖化対策は前進はできない(オバマ政権の粘り強い努力も水泡に帰し、彼がやっと署名にこぎ着けた国民健保すら風前の灯火である。共和党議員らは実に70回弱、この法律の無化に投票した)。相手に2桁の差をつけて勝てそうなクリントンが、議会の均衡を変えるには、トランプに絶望して離反する共和党議員をどう味方につけるかは焦眉の急である。

かと言って、ヒラリー・クリントンは同時平行の議会選挙では自党候補の応援が最優先だから、これらトランプと絶縁した共和党候補の取り込みは微妙となる。完膚なきまでに民主党候補が勝てれば別だが、辛うじて共和党候補が勝てば、彼女への逆恨みは壮絶なものとなるだろう。夫に対して相次いだ共和党側のスキャンダル攻勢に対して「膨大な右翼の陰謀」という決めつけで対抗したヒラリーに対しては、共和党は彼女をも「魔女」扱いしてきた。

冷静には、後4名で自党が制することができる連邦上院での自党派候補支援を最優先、多数派となるには後30議席要る下院では、共和党候補支援と使い分けるしかない。9月26日のトランプとの第1回討論までに、自党議員候補らに袖にされた屈辱を存分にトランプになめさせられる実例として、彼女が支援している共和党候補を上げられれば絶妙の指し手になるはずだが。

とはいえ、夫が民主党を右傾化させ、労組の支持票を犠牲にしてもNAFTAで新たな産業構造への対処を断行したように、ヒラリーも敵の取り込みを図れる狡知は持ち合わせている。9/11当時、ニューヨーク基盤の上院議員として、彼女は敵党派の政治家らを味方につけた。今回、副大統領候補に選んだティム・ケインは両党橋渡しの機能を買っての人選だった(しかも彼はカトリックである。プロテスタント主流のアメリカで苦労してきたカトリックは、伝統的に人心掌握の腕を磨き抜いてきたのだ)。

8月、クリントンは、何十もの講演で実に1億4300万ドルを集めた。このうち9000万ドルは自身の選対活動に使い、残額は自党派の議員候補に回される(これ以外の手持ち資金は6800万ドル、予備が8400万ドルもある!)。他方、トランプは大半の選挙資金を自党の全国委員会RNCに依存という体たらくである。

なお、ヒラリー・クリントンの前に立ちはだかる障壁は数知れないが、1つだけ難儀な側面を上げておきたい。

学卒白人は「高卒白人」と違って彼女支持、黒人は彼女支持とされている。とろが、彼女はこの2大支持集団の間でも綱渡りを強いられるのだ。典型例を1つ上げると、ボルティモア郡(学卒白人多数/以後、B郡)とボルティモア市(黒人多数/以後、B市)だ。

B郡の平均寿命75. 5歳、B市は67. 8歳(戦乱最中のシリア以下)から分かるように、後者のうち中流黒人(学卒)は前者へと移住を望んでいる。平均年収は、B郡6万8156ドル、B市は4万2579ドルだ。

しかし、全米に溢れるこの状況は、リベラル度が高い学卒白人の間にも「住民エゴ」を生む。公民権運動以後、国是となった「人種統合政策」ゆえに、行政は郡部に安価な住宅の造成を図り、都心スラムから中流黒人たちを脱出させようとする。行政以外にも、この運動を無利益で推進する開発業者(「アメリカのためのホーム(HfA)」など)もある。予算が組まれるので、利益度外視が可能となる。

B郡の住宅は、1区画半エーカー(2023平方m)もある。

いずれにせよ、これらの学卒白人は、学卒黒人とともに、ヒラリー・クリントン支持だが、両集団自体は対立しているのだ。異民族が隣人になることへの抵抗感は、「ニンビー(NIMBY「うちの裏庭には御免」の頭字語)」と呼ばれる。

対立は昨日や今日ではなく、公民権法(1964年)、投票権法(1965年)以降、B郡住まいの白人(90%)の多くが右傾化した。それでも民主党支持層が多く、2012年の大統領選では、オバマ票(22万余票)はロムニー票(15万5000票弱強)を凌駕した。これがB市だと、オバマ22万票強、ロムニー2万8000強と大差だった。B郡の白人票田とB市の黒人票田は、同じ民主党内でも割れている。基本的には、学卒中流黒人のB郡流入を学卒白人が忌避する構図なのだが、争いの焦点はB郡の新築住宅60棟中の12戸は公的予算1600万ドルで買い取られ、黒人シングル・マザー一家に回されるのだが(根拠は裁判所命令という点では、公民権運動の精神が生きている)、家賃補助予算は2015年時点で総額510万ドルだった。

これを白人側は不快に思い、同じ民主党支持層で分裂が起きており、クリントン陣営は当然この狭間に巻き込まれることを恐れている。とはいえ、クリントン夫妻が住むチャパクワ(ロングアイランド)でも、同じ問題が起きているのだ。

トランプ父子は、彼らが建てたビルに黒人を入れなかったが(前述)、本選挙ディベイトではそれを平然と棚に上げて上記の問題点を突いてくるだろう。ヒラリー・クリントンがトランプ父子の差別を言い立てれば「目くそ鼻くそ」扱いされるし、過去の話だと白を切られるだろう。ニューヨークの白人ブルーカラーは激減、黒人の入居を拒否できなくなりつつあるのである。

●トランプへの核兵器機密開示はすでになされた●

共和党の指名獲得直後に、核戦争を含む機密事項がトランプに開示されたはずであることは、前回触れた(この8月17日、マンハッタンのFBI支局で行われた)。機密開示の5か月余前のこの3月、トランプは、「ISISに攻撃されれば、ニュークで反撃する気はないのかい?」と問い掛けた(「ニューク」とは「核兵器」)。彼がある外交政策立案者にこの質問を3回したと、TV司会者のジョー・スカーバラが8月3日に発言している(立案者の氏名は伏せて)。

この挿話には、一切の「プロセス」を無視することが、トランプの強みであることが如実に証明されている。「プロセス」無視の基本は、煎じ詰めれば、冒頭で触れた(2)、つまり世間による品定めを無視することである(これの無視は、ある程度、個人の才能涵養には不可欠であることも冒頭で触れたが、トランプのは桁外れである)。

一方、核兵器は「全能の兵器」だが、絶対に先制攻撃に使えないという点では「全き不能の兵器」である(詳細は「アメリカはなぜ〈ヒロシマ〉を恐れるのか」。拙著『21世紀のアメリカ文明』明石書店)。これを「核兵器の逆説」と言う。金容雲といえども、これを先制攻撃に使えば、彼とその一派はお陀仏である。アメリカは総力を挙げて彼の息の根を止めるだろう。温厚なオバマですら、ウサマ・ビン=ラディンを仕留めるのに逡巡はなかった――ビン=ラディンは核兵器は使わなかったのだが。

初期には、核兵器が抑止力として期待されたが、アイゼンハワーは早くも1957年、「戦争でこんな代物を使おうものなら、いくらブルドーザーを投入しても街路から死体をどけられっこない」と言った。それでも、核兵器は進化を続け、1国がそれを使用すれば、被害国が反撃、たちまち両国は「荒野」に一変する――そこで生まれた言葉が「相互確証破壊(MAD)」だった(「マッド」を絵に描いたものとなったのである)。

ブッシュ息子政権の副大統領となるディック・チェイニーが、ブッシュ父政権の国防長官時代、核戦争専門の「戦略コマンド(司令部)」で、ソ連の核攻撃に反撃する画像を見せられた。このとき、モスクワに赤い点線が集中する仮想攻撃図を見せられてチェイニーは愕然となり、椅子でもじもじしたあげく、軍事部門の側近にこう漏らしたと言われる。「どうしてここまでやらないといけないんだね?」。ブッシュ息子政権を2つの戦争に駆り立てたあの「豪気なチェイニー」ですらそうだったのなら、トランプはどうだったのか? トランプは「豪気」というより「鈍感」だから、はしゃいでいたかもしれないのである。それが怖いところなのだ。

つまりは、MADゆえに大型核兵器は絶対使用不可能な「全き不能の兵器」化されたのだ。そこで近年は、核兵器が小型化され、米では死傷者数を劇的に減らすべく「死の灰」を炸裂時の爆風によって大気圏外へ吹き飛ばす装置が開発された――小型化に限れば、米ロ、北朝鮮、パキスタンまで含まれる。

これで実戦使用が可能となりかけているせいか、トランプの無邪気な鈍感さが赤ボタンを押したくてうずうずということになりかねないのである。

もっとも、伝説の「赤ボタン」は存在せず、核戦争開始命令の膨大な手順は黒い大きな鞄に詰め込まれ、礼装軍服の側近武官が常にこれを帯同、大統領の後につき従う。

大統領の命令一下、925の核弾頭が一斉に標的に向けて発射される。これはヒロシマ型原爆の1万7000倍の威力である。

この発射までは、原潜発射の場合、標的命中に12分弱、大陸間弾道弾だと30分、爆撃機だと1時間かかるから、黒鞄の中身を読んでいる余裕などありはしない。

ヒラリー・クリントンは党の指名大会で、「トランプにこれを委ねられるか?」と聴衆に聞いた。もっとも、彼女は、自分なら正常な判断が下せると確信しているのだが。彼女は、ブッシュ息子が大統領だった時点でも疑義を挟んだ。それでも、「核兵器操作にかけては、トランプよりはクリントンがましだ」とする世論調査は56%、トランプでもOKが34%(あの極右フォックス・ニュースTVの調査だからかえって信用が置ける)。

元来、開戦権限は議会にあるのだが、核兵器投下の決断だけは大統領に委ねられたのは、核兵器使用に際してのこの時間的制約ゆえだった――かくしてトルーマンが最初の原爆投下の命令者になったのである。このため、議会と大統領の開戦権の境界線がぼやけ、1969年10月、ニクスンが北ヴェトナムに核兵器の投下命令を出すのでは? と恐れられた。そこで、時の国務長官メルヴィン・レアードは、ニクスンの命令が下っても、用意ができていないと断る覚悟を決めた。ところが、ニクスンは「巨大な槍」作戦と銘打って強行、幸い搭載機B57の1機が故障、事なきを得た。

1974年、またしてもニクスンが、ウォーターゲイト事件と盗聴問題で日々泥酔、国防長官ジェイムズ・シュレシンジャーはタカ派なのに大統領からの緊急の核攻撃命令は万事自分かキッシンジャー国務長官に漏らせと現場に督励した。これは反逆罪に匹敵する非常の措置だったが、背に腹は変えられなかった。

1980年、カーター政権の国家安全保障アドヴァイザー、ズビニュー・ブレジンスキーは深夜叩き起こされ、軍事初期警報指令本部(EWCC)から「核攻撃の危機が迫っている」との報告に接した。次にかかってきた同一人物からの急報では、「原潜発射分に加えて、地上発射のミサイルが襲う」と言われ、大統領への報告を覚悟したとたん、これまた同一人物から、「コンピューター誤作動による誤報」と修正が届いた。

誤作動による誤報は多いので、大統領の反撃への時間的余裕は「数分」に短縮されるという。ニクスンとトランプはタイプは違ってもパラノイアという点では共通項があり、核兵器の扱いについてはトランプは、ニクスンなみに忌避される。

ビン=ラディン襲撃時点でCIAの副局長だったマイクル・モレルは、トランプを振ってヒラリー・クリントンに投票すると断言した(8月5日、NYT紙上で)。彼女が国務長官を務めた4年間、モレルはホワイトハウス地下の「シチュエイション・ルーム」でつぶさに彼女の才幹の深さを見届けてきた。「覚悟、細部への目配り、思慮深さ、吟味力、動かせない証拠を出されると考えを改められる柔軟性、決断の正確さ、優先事項の敏速な選択」、いずれも抜群だったというのである。最後の項目では、「ホワイトハウス担当記者らをもてなす恒例のパーティが殺気だたないように、ビン=ラディン襲撃を1日遅らせては」という提案がなされたとき、彼女は「そんなパーティなんてスクルーしちゃいなさいよ」と切って捨てたと、副局長はいたく感心するのだ。「スクルー」とは、「糞でも食らえ」という意味である。

以上の次第で、8月初旬の2つの世論調査(フォックス、NBC/WSJと2つは何れも右寄り。そしてマリスト/マクラッチー)では、クリントンがそのトランプに対してそれぞれ10、9、15ポイントの差をつけた。この差は、2008年、マケイン議員がオバマにつけられた差以来の最悪の差である。

●第1回、本選挙ディベイト(9月26日)にどう備えるか?●

本選挙ディベイトの会場は、ニューヨークはロングアイランドのホフストラ大学である。両者ともに縁がある都市が選ばれたえばれたわけだが、クリントン夫妻は、この大学に近いロングアイランドのチャパクワに住んでいる。

さて、トランプを浮上させてくれたのは、「即興的な荒々しい即妙の寸言」だったが、肝心の本選挙を前にしてこれが命取りになりかねない状況になってきた。前述のブレイトバートのバノンを始め、選対トップらはこれの是正を候補に要求するが、トランプは案外不器用で、即興を抜いて台本通りにやると一気に精彩を欠くという、「実存に関わる大問題」だと開き直る。「おれのやりたいようにやる。そのかおげでここまで来たんじゃないか」。

即興演説が修辞学に則った演説を打ち破る典型は、シェイクスピアの『ジュリアス・シーザー』におけるマーク・アントニーのブルータス撃破である。アントニーは煽動しようとするローマ群衆を相手に言う。「私は弁士ではない。ブルータスのようにはね。しかし、諸君、諸君もご承知の通り、この私は竹を割ったような、分かり易い男だ」。自身の貴族性を振り捨ててローマ平民を煽動する光景は、「高卒白人男性」を煽動したトランプを彷彿させる。「私にがまんならないのは修辞学だ。興味があるのは、自分が何をやるべきかということだ。口舌ではない」。

修辞学は、話し手と聴衆の間に隔壁を作ることによって「格調」を生むことだが、アントニーは煽動家で、ローマ市民らをカエサルを殺したブルータスと彼の一味にけしかけないと生き残れないのである。

9月26日、トランプがヒラリー・クリントンをブルータスの劣勢へと追いやれるかどうか? 彼女のほうは「備えあれば憂いなし」の典型で、まずは自分相手に罵詈雑言を浴びせかけるトランプの代役を探している。トランプの深刻な不安の度合いは、一切の「備え」を拒否する点に集約される。事実、オルト=ライトの1人(女性)が、クリントン役を買って出たのに、彼は断っているのだ(そして、愛娘イヴァンカがクリントン役を演じてくれると笑った。身内なら「備え」抜きで安心できるわけで、すでに彼は「敗北」していることになる)。

この即興への固執は、確かに類例が少なく、「型」を用意することが彼にとってこれほど不安である原因にこそ、興味がある。本稿冒頭で触れた例の「鬩ぎ合い」を忌避してきた結果なのか? 実父フレッドに鍛え上げられる過程で、「自己品定め」(品定めの第1項目)だけにすがるしかないところまで自らを追い詰めた結果なのか? 何が何でもおれはお山の大将なんだ! でないと、兄フレッドのように「父親による品定め」(品定めの第三項目)で潰されてしまっていたはずなのだ――「世間による品定め」(品定めの第2項目)がなされる前に。そして、この大統領選こそ、まさに彼が身をさらす「世間による品定め」であり、それに対して彼はあくまで「自己品定め」を振るって立ち向かおうとしていることになる。

一方、クリントン陣営は、トランプの予備選での行動に犯罪学的分析を加え、どこを突けば彼を逆上させ、大統領選候補にあるまじき発言へと追いやる「逆上点」へと追い込めるかを探っている。判明しているのは、彼の病的な「備え」忌避は自身の知性への不安であり、それは要するに実父に存在の極限までしごかれたビジネス面での不安である。いや、自己品定めで実父による品定め、ひいては世間による品定めを忌避、自己品定めを貫いた「跛行」に対する実存的な不安(前述)なのだ。

だから、クリントン側は、それこそが「逆上点」だと見当をつけている。選対はむろん、心理学者や分析学者にも分析を依頼している。そのためには、彼のゴーストライター、トニー・シュウォーツ(前回登場)まで動員した(たとえトランプの自伝を書くべくシュウォーツが18か月相手につきあったのが1980年代半ばと40年も前だろうと)、相手の「皮膚の下に入り込む(苛立たせる)」ためには手段を選ばない。トランプは「面の皮」が分厚そうだが、実は薄いのである。その自信のなさが、シュウォーツの言う「アテンション・スパン0」の病理を引き起こすのだ。

そして「暴発」へと追い詰めた相手に対して、終始冷静さを維持し弾力性を失わなければ、クリントンは勝てると選対は踏んでいるのだ。

トランプ側は、「逆上点」に追い詰められれば、彼女の夫ビルのセックス・スキャンダルを持ち出し、こんな出鱈目な夫と敢然と離婚せず、「全米史上最初の女性大統領」になりたいとう野望ゆえに夫婦であり続けたことを指弾する予定だ。「彼女がこっちを叩けば、どうなるか分からないよ」と、トランプは警告する。

クリントン側のこういう精緻な「備え」を、トランプは自然に演技に乗せられない。「これは危険だ。台本通りにやっているというインチキ感を与えてしまう」と忌避するのである。彼の場合、演技はあくまで即興でないといけないのだ。これでは、スタンダップ・コメディアンは務まらない(彼らは猛烈に台本に依存し、それが自然にしか見えないまで練習に練習を重ねるのだから)。トランプにこの「練成過程」がないことは、彼の話があちこちに飛び(アテンション・スパン0)、一貫されないため、言葉自体が幼児語のように細切れになる点に露呈される。さらには、本稿でも触れたように自分が飛ばしたジョークを説明したがる点にも露呈してい
る(「ISを造ったのはオバマとヒラリー・クリントンだ」と「逆上発言」をした後、「あれはサーキャズムだったのに、馬鹿なメディアや世間は気がつかない」と愚痴るのでる。そのくせ、「でも中身はサーキャズムじゃないよ」と未練げに言う。同じことは、以下の例でも言える。すなわち、圧倒的に自分を支持してくれるオバカ集団、「全米ライフル協会(NRA)」での演説で相手を「憲法修正第二条支持集団」と持ち上げ、この集団こそヒラリー・クリントンが「自党に有利な最高裁判事を任命できないようにさせられる」と使嗾した。これは彼女の暗殺をけしかけたことになる。これまたトランプは、こう「説明」するのだ。「『第二条支持集団』は堅い団結ゆえに強いのであって、銃器を持ってるから強いわけじゃない」。芸人は「ジョークの説明」を始めると次はお座敷がかからないが、大統領選候補ならそれが許されるのか?

第二条とは、「自分の身は自分で守る」という「自己武装」の憲法権限である。

とはいえ、トランプにも自分が何を言いだすやら予測がつかないこと自体、準備おさおさ怠りないクリントン陣営には「脅威」なのだ。前述のマーク・アントニーよりはるかに即興的なトランプ、対するヒラリー・クリントンはブルータス以上に大統領選の威信を壇上で保たないといけない。相手が虚言癖丸出しに彼女に罵詈雑言を浴びせかければ、彼女のほうが逆上しかねない――それはディベイトの敗北であり、彼女自身の「一巻の終わり」となる。彼女の夫を「大統領にした男」の1人、ポール・ベガラは言う。「彼女は政治面では生き字引だ。その自負から、相手のインチキさに腹を立てないことこそ肝心だ」――場所柄を弁えた上での演技での怒りはOKである(罷り違って本気で怒ってしまっても、運よく大半の聴衆も彼女と一緒になって怒ってくれれば、これこそ彼女の「強運」の証拠となる)。そういう彼女に罵詈雑言を浴びせる非礼がお役目となる「トランプの代役」には、まさに映画『クリントンを大統領にした男』(1993年)の主役、ジェイムズ・カーヴィルが候補に上がっている。彼ならば、十分にトランプを越えた次元でトランプを演じられるだろう――となれば、彼は「ヒラリー・クリントンを大統領にした男」にもなれるわけだが。

●補遺1・「潔くない敗者」登場の可能性●

2000年のフロリダの選挙でパンチで穴を開け切れていない投票用紙ゆえに大統領になり損ねたアル・ゴア(民主党候補/クリントン政権副大統領)は、ブッシュ息子を贔屓する最高裁長官のごり押しで敗退した。それでも、ゴアは裁定に従ったのである(詳細は拙著『大統領選からアメリカを知るための57章』)。

このように、アメリカでは敗者は従順に敗北を認める「潔い敗者(グッド・ルーザー)」となることが美徳とされてきた。

他方、リンドン・ジョンスンとバリー・ゴールドウォーターが対立した1964年の選挙では、この伝統が危ぶまれたが、多くは候補(後者)よりも彼の支持層に起因していた(ゴールドウォーター自身は、トランプとは大違い)。さらに、その多くは公民権運動の過程で疎外感を募らせた白人側の病理に起因しており、歴史学者リチャード・ホフスタッターは、「アメリカ政治のパラノイア・スタイル」という有名な論考を出した。

当時はまだ石油危機前で、アメリカには「産業の空洞化」は起こっておらず、従って「高卒白人男性」への分極化は起きておらず、一部の学卒白人にも公民権運動への疎外感は広がっていた。とはいえ、パラノイアは分極化以降の今日ほどではなかった。そして、2008年の大統領選は、学卒白人の大半がオバマに投票したように、この時こそ「分極化の正常化」の分水嶺だった。しかし、石油危機から半世紀弱を経ている2016年は、分極化ゆえに「高卒白人男性」の窮地は極まり、候補も支持層に輪をかけたパラノイアだと言うのである(『ニューヨークタイムズ』コラムニスト、トーマス・B・イーザル)。

トランプは、執拗に「共和党が予備選操作で自分を排除しようと総力を上げてきた」と支持層に訴えた。この僻みは、民主党の場合も、スーパーデリギツというこの党独自の制度がクリントン優遇だと、サンダーズ支持層の間にも広がったが、サンダーズ自身は紳士で、支持層の僻みを煽る愚かな真似しなかった。しかし、今回の共和党の候補も支持層も紳士どころか、病人であることを自覚しない、つまり「病識」を持てない者たちである(冒頭で触れた世間では病人と見ているのに、当人らは正常だと思い込んでいる――つまり自己品定めでは正常だと思い込んでいるのだ)。ついには、「ヒラリー・クリントンは、反トランプ勢力の操り人形だ」と言いだす。トランプ自身、自らを「完璧に善良で、異様なまでに迫害を受け、しかも相手よりはるかに優れた資質の持ち主」と自惚れ、彼の支持層(高卒白人男性)は自分らもそれゆえに迫害を受けていると勘違いしている。

イーザルによれば、クリントンの勝利が僅差であれば、トランプも支持層も、「選挙制度に不正は仕掛けがあるからだ」とゴネる可能性が高いと言うのである。それどころか、「トランプは背後から刺された」などと言いだしかねない。「潔い敗者」などになれる勲のかけらもない者たちなのだ。

8月始めにブルームバーグが行った調査では、トランプ支持層の56%が、「この選挙は不正だ」と回答した。有権者全員対象だと、34%が不正、「そんなことはない」が60%だった。この「60%」が、パラノイア鎮めの防波堤となることを祈るや切である。

9月26日の大統領選ディベイト以後、再び続編を書きたい。

●補遺2●

9/11の15周年式典で(9月11日/日曜)、犠牲者らの氏名が延々と読み上げられている最中、ヒラリー・クリントンがふいに体調不良ゆえに退席(その時点で足元がよろめき、護衛が両側から支えた)、90分、娘チェルシーの都心の住まい(フラッタイアン地区)で休憩後、再びしっかりした足取りで元気な姿を報道陣の前に現した。心配して問い掛ける記者たちに大きな声で体調の回復を強調、歩道で小さな女の子と一緒に写真に写り、「気分は最高よ。今日はニューヨーク日和だわね」と叫んだ。そして、午後1時にはロングアイランドの自宅へ引き取った。

かかりつけの女医リサ・バーダックは、熱中症による脱水症状に加えて肺炎の症状(咳が止まらず、9日の金曜朝診断)を公表した。すでに金曜日に肺炎用の抗生物質を投与していたから、無理を押しての式典出席だった。

当日は華氏70度、湿度も高く、クリントン候補は無帽で式典に参列していた(体力への過信? しかし肺炎の診断はすでに出ていた)。とはいえ、午前8時半時点では、彼女は列席の政治家らと元気に会話を交わしており、異変は1時間後に起きた。11日夜急遽、12日のカリフォルニアへの2日予定の遊説を中止した。

打つ手がない共和党及びトランプ側は、終始、彼女の体調への懸念を吹聴してきたが、まさに土壇場でそれが壺にはまって歓喜を禁じえない状況である。9月26日の第1回討論を、彼女はどう凌いで見せるか?

(特別編2・前編、了。トランプとヒラリーのアメリカ大統領選は9月26日のディベート直接対決を経てどう動くのか? 特別編2・後編につづく。)

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越智道雄 (おち・みちお)

1936年、愛媛県生まれ。明治大学名誉教授。英語圏の文化研究の専門家であり、とりわけアメリカ文化・社会の研究で名高い。著書は、『<終末思想>はなぜ生まれてくるのか』(大和書房)、『ワスプ(WASP)』(中公新書)、『ブッシュ家とケネディ家』(朝日選書)、『さらば愛と憎しみのアメリカーー真珠湾攻撃からトランプ大統領まで』(田原総一朗氏との対談。キネマ旬報社)、『ヒラリー・クリントン――運命の大統領』(朝日新書)など多数。また翻訳書も多数あり、ザヴィア・ハーバート『かわいそうな日本の私』(1-11、サイマル出版会)で日本翻訳出版文化賞、ローズマリー・ハリス『遠い日の歌が聞こえる』(冨山房)で産経児童出版文化賞を受賞している。

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