第十六回


「こないだ新聞のテレビ欄を見てたら、国際ハーフマラソンってのがあったの。一瞬、えっ、てびっくりしたけど、早とちりだったわ」
 なにをおっしゃりたいのですか?
「距離がフルマラソンの半分だからハーフってことなのよね。でも、国際ハーフマラソンって文字を見たら、出場者が全員ハーフの人ばかりのマラソン大会なのかなぁ、ってだれでも一瞬考えるじゃない」
 考えません。そんなヘンな妄想をするのはあなただけです。
「そういえば先週、ウチの遠縁にあたる親戚の娘さんに街でばったり会ったのよ。そしたらなんと、彼氏連れで、しかもその彼氏が外国人のイケメンだったの」
 はあ、そうですか。
「すっごいラブラブなのよ。もし2人が結婚して、こどもができたら、ハーフのかわいい子が産まれるんでしょうねえ。青い目で、ベッキーみたいな元気な子が」
 だといいですけどね。
「なによ、食いつき悪いわね。いつもだったらすぐ話にのってきて、トントントン、って会話が弾むのに。あ? ひょっとしてアンチ・ベッキー派? さてはあなた、シェリー派なの?」
 いいえ、私は滝クリ派。って、いつからそんなハーフ派閥抗争がはじまったんですか。あなたはなにやら、ハーフという存在に妙な思い込みがあるようですね。あなたの親戚のお嬢さんが本気で国際結婚を考えているのでしたら、ぜひ、この本を一読するよう勧めてあげてください。もちろんあなたのような偏見に満ちた日本人にもおすすめですが。
「悪かったわね。なにこれ。『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』って、どういうこと?」
 文字通りの意味ですよ。日本人は、ハーフはみんな美男美女で英語がしゃべれると勝手に決めつけてるけど、そうじゃないハーフもたくさんいるという現実を直視していただきたい。
「なんだか力入ってるわね」
 基本的には、日本におけるいわゆるハーフのありのままの現実や、あるあるネタを集めた、笑える読み物系新書なんですが、それだけで読み捨ててしまうのは、ちょっともったいない。比較文化論入門編のテキストとしても使えそうだし、なにより、これからハーフのこどもを持とうとする親や国際結婚を考えてる人たちにとっては、貴重なアドバイスが詰まった実用書として役立つであろうと保証します。
 なぜか日本人のなかには、西洋人の血が混じるだけで確実にこどもが美男美女になるとカン違いしてる人が多いんです。
 生物学的には、親からの遺伝子は父母両方から半分ずつ受け継ぐものです。だからといって必ずしも顔立ちや見た目に両親の特徴がちょうど半々ずつあらわれるとはかぎりません。日本人同士の両親のあいだに生まれた兄弟姉妹でも、兄は父親にそっくりな顔をしてるのに妹は母親に瓜二つだ、なんてケースは珍しくないでしょう。
「まあね」
 ハーフの場合、それが悲劇をもたらすこともあります。この本で紹介されてる例ですと、ギリシャ人の父と日本人の母のあいだに生まれた兄妹の話。兄は父親似で日本人が考える理想のハーフ顔に生まれたもので、母親は大喜びでした。ところが妹は母親似で日本人顔だったんです。彼女はこどものころから母親に、妹は残念だ、と繰り返しいわれ続けたことで、すっかりコンプレックスのカタマリのようになってしまったんだとか。
「まあ、かわいそう」
 容姿は生まれもってのものだからしかたないとしても、語学に関しては、親の教育にすべてかかってるんです。中途半端な残念バイリンガルにならないよう、幼いころから意識して父母の言葉を両方きちんと教えないといけません。
 しかもハーフはいじめの対象にもなりやすい。どんな学校に通わせるべきか、ハーフの子を持つ親は、こどもの教育方針に関してはできるだけ早いうちから決めておかないと、こどもが大変な苦労をすることになると著者は警告しています。
 教育以前に、まず生まれた時点でどの国の国籍を取得するかで、その子の将来が左右されることもあるので、適当に済ませるわけにはいきません。
「ハーフの親になるのって、相当の準備と覚悟が必要なのねぇ」
 教育も考えると、お金もね。
 国際結婚するだけなら、くっつこうが別れようが大人同士の問題ですけど、こどもを作るとなると、よくよく考えるべきですよ。
 親の離婚がハーフの子の人生に与える影響は日本人同士の離婚より大きいかもしれません。じつは国際的にも問題となってるんですが、海外で暮らしていた日本人女性が離婚すると、こどもを連れて日本に帰ってしまい、父親が面会を求めてもこどもを会わせようともしない身勝手な例がかなり多いんです。
 この本でも一例が紹介されてます。こどものころ親が離婚して、日本で母親と暮らしていた高校生の男の子の前に、ある日突然、見知らぬヒゲ面の外国人が「パパだよ!」とあらわれたのだそうです。父が自分を探して会いに来てくれたことを、こどもはうれしがって交流を続けてるそうですが、母親は、息子が父親と会うことをいまだに快く思ってないそうです。
「母親の気持ちもわからなくもないけど……」
 こうした問題を、日本がハーグ条約という国際条約を批准してないからだと論じる人もいますけど、私は日本の国内法の問題だと思ってます。日本の法律は共同親権を認めてないんです。つまり、離婚するとこどもは父母どちらか一方のものになってしまい、親権のない側の親はこどもに会うことすら拒否されることがあります。
「国際結婚だけじゃなくて、日本人同士の夫婦でもあることでしょ?」
 そう。だから国内法の問題なんです。たいていの場合、日本ではこどもは母親のものとされてしまうのも問題です。別れた父親がこどもに会おうとしても、なんだかんだと理由をつけて断られることもある。
 別れた夫の顔など金輪際見たくもない、と女性が思って一生会わないのは自由です。でも、こどもにとっては血のつながった父親なんですから、会う権利を奪うのは卑劣な行為ですよ。それを容認してしまう日本の法律は、やっぱりおかしいです。
「ハーフの問題から、日本の問題点も見えてくるのね」


◆今回紹介した本

『ハーフが美人なんて妄想ですから!!』

サンドラ・ヘフェリン

中公新書ラクレ 2012

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パオロ・マッツァリーノ(Paolo Mazzarino)

イタリア生まれの戯作者。現在、千葉県民。公式プロフィールにはイタリアン大学日本文化研究科卒とあるが、大学自体の存在が未確認。父は九州男児で国際スパイ(もしくは某ハンバーガーチェーンの店舗清掃員)、母はナポリの花売り娘、弟はフィレンツェ在住の家具職人のはずだが、本人はイタリア語で話しかけられるとなぜか聞こえないふりをするらしい。ジャズと立ち食いそばが好き。著書に『コドモダマシ――ほろ苦教育劇場』、『パオロ・マッツァリーノの日本史漫談』、『13歳からの反社会学』、『つっこみ力』『怒る! 日本文化論 ――よその子供とよその大人の叱りかた』などがある。

著者ブログ http://pmazzarino.blog.fc2.com/

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