第九回 目に見えないものの彼方に


 今年の夏は、例年になくきびしい暑さでした。
 ようやく立秋を過ぎて、季節は確実に秋に向かっています。それは、風の中にも感じられますね。

  「秋来[き]ぬと目にはさやかに見えねども風の音にぞおどろかれぬる」

  これは「古今和歌集」巻4・秋(169)として収録されている藤原敏行[ふじわらのとしゆき]の有名な短歌ですが、みなさんも、どこかで聞いたことがあるでしょう。

見えている光はほんの一部

 さて、「風」ほど、古今東西、人々の心をとらえてきた身近な自然現象はないでしょう。
 風の音に自らの心情を重ねて、たくさんの詩や文学、そして音楽などが創られました。
 物理的には動いたり音をだしたりすることのない絵画の作品においてさえも、風の動きや音を表現しようと、多くの画家たちが挑戦してきました。
 安藤広重の名作、「東海道五十三次」の中でも、特に有名な「庄野(現・三重県鈴鹿市)の白雨[はくう]」、その舞台になった旧東海道のせまい宿場跡を通ると、その絵を思い出しただけで、今にも雨音と、隣をかけぬけていく旅人の息遣いが聞こえてきそうです。

 ところで、さきほどの短歌に戻りますが、物理学の視点からいえば、残念ながら「風の音」などはありません。それは、目に見えない風が、何か物にあたって、その振動が音となって聴こえているだけです。
 目には見えず、自分では音も出さない風ですが、周りと関わり合いながら自分の存在を教えてくれているのですね。このように考えれば、風というものが存在することは、たしかなことのようです。
 実は、科学の世界というのは、直接、そのものは目に見えなくても、あるいは、聴こえなくても、たしかな存在として認めざるをえないものがあることを教えてくれる世界です。
 いいかえれば、私たちが五感で感じている世界がすべてではなくて、その向こうにもっともっと広い世界が広がっているということですね。
 一例をあげれば、私たちの目に見えている世界は、赤い光から紫色の光までの色に彩られた世界だけです。

 次の機会に、くわしくお話しする予定ですが、光は電磁波とよばれる電波の一種ですから、波の性質をもっています。その波の頂[いただき]から頂までの距離(これを「波長[はちょう]」といいます)が長いほど赤色に近くなり、短くなれば、紫色に近づきます。
 この目に見える光の範囲を示しているのが、虹です。
 虹の上の方が波長の長い光、下に行くほど短くなります。

 太陽の光の中には、赤色から紫色までの光のほかに、目には見えないたくさんの光が含まれていますが、それらが、空気中の水滴[すいてき]によって、分解されて目に見えているのが虹なのです。
 そして、赤よりも波長が長い光、目には見えない赤外線は、人間の感覚では、暖かいと感じられる光です。
 さらに、紫よりも波長が短い光、同様に目には見えない紫外線は、日焼けの原因になる光です。
 そして、赤外線よりさらに波長が長くなると、テレビやラジオの電波になり、紫外線より波長が短くなると、レントゲン写真に使われるX線や、星の爆発のときの放出されるγ[ガンマ]線とよばれる光になります。

 こうして考えてみると、私たちの目に見えている光の範囲は、宇宙に満ちている光の中のほんの一部分でしかないことがわかりますね。
 波長でいえば、赤色はおよそ8/10000 mm(正確には0.77μmです。ここで“1/1000mm”を、“1μm[1マイクロメーター、あるいはミクロン]”と呼んでいます)です。
 また、紫色は、およそ4/10000 mm (正確には 0.38μm)ですから、見える範囲は、波長でいえば、たった2倍の範囲です。
 これは、音にたとえれば1オクターブ、つまり、下のドからすぐ上のドまでの範囲です。

 ここで、少しだけ音のことを考えてみましょうか。
 音も光と同じように、波の性質をもっています。
 ただ、光と音では、波の振動の仕方が少し違っていますが、波であることには変りありません。
 つまり、それぞれの音には波長があります。波長が長ければ長いほど低い音、短くなればなるほど、高い音になります。

 そこで、ピアノの鍵盤[けんばん]を想像してみましょう。88鍵[けん]あります。
 そして、私たちには、一番、下の音から、一番上の音まで聞こえるのですから、オクターブでいえば、7オクターブ以上の音を聞き分けることができます。
 となると、宇宙の中に存在するたくさんの光の中で、たった1オクターブしか見えない私たちにとって、7オクターブ以上の音を聞き分けられる私たちは、視覚よりも聴覚によって生きている部分が多いともいえます。
 そう考えると、全盲のピアニストがいたとしても、まったく不思議はありません。むしろ、目が見えることが弊害になって、大事なものを見落としている可能性さえ感じます。
 はじめに引用した藤原敏行の短歌の意味が、見えてきたでしょう。

 さて、ここで一つの実験を想像してみましょう。
 水の中に色のついたシロップか、あるいはインクのようなものを一滴落としてみましょう。どうなりますか。その一滴は、次第に広がって、水の中に溶けていきますね。
 なぜでしょう?
 たとえばもし、ある色のテニスボールをかごに入れて、ほかの違う色のテニスボールとまぜようとしても、なかなか混ざりません。でも、小さな雛あられをコップにいれて、はげしく振れば、混ざるでしょう。どうしてだと思いますか?
 “小さな粒々[つぶつぶ]”が激しく動けば、混ざり合うということです。
 つまり、水もシロップもインクも、“小さな粒々”でできていて、激しく動いていると考えてもよさそうです。

 この実験から、―― 「どうやらそれぞれの液体は、“小さな粒々”からできていて、はげしく動いているらしい」―― 、と推測することが、科学する心です。
 目にははっきりと見えないけれども、その先に広がる自然の深いからくりを想像し、確信する心の営みこそが、科学なのです。

風と向き合うためには

 走っているクルマの窓を開けて手を出すと、手には、目に見えない力を受けていることがわかります。
 早く走れば走るほど、その力は強くなります。台風のときに、さした傘が受ける力も同じです。
 どうやら、風の中身は、重さをもっていて、しかも目には見えない小さな粒々なのかもしれませんね。
 “小さな粒々”だと言ったのは、隙間風[すきまかぜ]のように、風は、どんなにせまいところからも、こっそり入ってくるからです。

 さて、目には見えないけれども、たしかに何かが動いてくる風から力を感じるということは、風にもエネルギーがあるということですね。
 風は空気が動く現象ですが、実は、その空気にも重さがあることがわかっています。

 私たちがいつも生活している環境では、1m3あたりおよそ1.3 kgです。
 縦[タテ]、横、高さがそれぞれ1mずつの立方体の中に入っている空気の重さが1.3kgだ、ということですが、ちょっと意外な感じがしますね。
 そこで、これだけの重さをもっている空気が風速(これは秒速ではかります)何mかで走ってくるとなれば、これまでの連載でお話ししたような「運動エネルギー」をもっていることになります。

 「空気の重さ(正確には「質量」でしたね)をm(kg)」、「風速をv(m/秒)」だとすれば、前回、お勉強したように、「運動エネルギーE」は

E=(1/2)mv2 (J)      【式1】

です。このエネルギーの単位は、前回、お話ししたように「ジュール(J)」です。つまり、1ニュートン(N)の力で、物体を1メートル(m)動かせことに相当する仕事量です。

 そこで、この「運動エネルギーE」をもつ風が、風速10mの速度で、断面積1㎡の傘に吹き付けた場合を考えてみましょう。

【式1】に、m=1.3(kg)、v=10(m/秒)を代入すると以下のような式になります。

T=(1/2)×1.3×(10)2 =65 (J)

になります。これは、「断面積が1m2の立方体に相当する空気」、つまり「1.3kgの質量をもつ空気」が、毎秒10mの速さで動いているときに持っている運動エネルギーをあらわしています。

 そこで、この運動エネルギーに相当する仕事の量を、わかりやすくするために、
   「質量6.5kgの物体を地球の重力にさからって持ち上げるときの仕事量」を考えてみましょう。
 物体に作用する重力の「大きさF」は、重力加速度をg=9.8(m/秒2)とすれば、

F=6.5×9.8(N)

です。
 これだけの力にさからって、この物体を1mもちあげるときの「仕事W」は次のようになります。

W=6.5×9.8×1 =63.7(J)

 このことから、「断面積1m2の傘で、風速10mの風に向かうときに受ける力」は、「質量6.5kgの物体を1m持ちあげるときとほとんど同じ力を」うけているということになります。
 風の力ってすごいですね。
 そして、断面積が大きくなればなるほど、風から受ける力は大きくなりますから、台風のときに家屋の雨戸がとばされてしまうこともあるわけです。
 目には見えない風の威力です。

 ところで、走っているクルマの窓から手をだした時、手に感じる風の強さ(「風圧」といいます)は、「クルマの速度の二乗に比例する」ことが実験的にたしかめられています。
 つまり時速40キロから、二倍の時速80キロに速度を上げると、風圧は4倍になります。
 なぜでしょうか。
 もうおわかりですね。走っているクルマから見れば、風がクルマに向かって吹いてくることと同じですから、風の運動エネルギーが速度の二乗に比例することからわかりますね。

 ここで、無風状態の中をクルマが時速108kmで走っているときの、風から受ける力がどれくらいになるか計算してみましょう。
 まず、時速108kmということは、秒速になおせば、

108000m÷3600秒 =30m/秒

 です。ということは、風速30mの台風の中を走っているようなものですね。
 そこで、かりに、クルマの前面の断面積を1m2だとしましょう。
 「クルマが走っている」ということは、「これだけの断面積をもつ空気の柱を1秒間に秒速30mの速さで30m押し分けていく」ということです。
 先ほどお話ししたように、空気の重さ(質量)は、私たちがいつも生活している環境では、1m3 あたりおよそ1.3 kgです。そこで、クルマが1秒間におしのける空気の柱の重さは

1.3(kg/m3)×{1×30}(m3)=39(kg)

です。かなりの重さですね。
 そして、押しのけられる空気の速度は秒速30mなのですから、クルマが空気に与える「運動エネルギーE」は、

E=(1/2)×39×(30)2 =70200  (J)      【式2】

になります。
 ここで、1W=1J/秒 という関係を思い起こしましょう。つまり毎秒1Jの仕事をするときの仕事率が1ワット(W)だということを思い出してくださいね。

 つまり【式2】は、「1秒間あたり、クルマが空気に対してする仕事量」ですから、そのままW(ワット)になります。

 ここで、ワットよりも、私たちにはなじみがある馬力で表してみましょう。
 ふつう、世界の取り決めでは、746ワット(W)のことを1馬力だとして、hpという記号で表すことにしています。hp、というのは英語で「horse power(馬の力)」を簡略にした表現です。
 つまり 746ワット(W)=1馬力(hp)です。

 そこで【式2】を馬力に書き換えると、

70200 ÷ 746=94 (馬力)

になります。
 いかがでしょう。
 時速100km前後で走るクルマは、空気と戦うだけで100馬力近い力を費やしているのです!
 それらに加えて、路面からの抵抗や車輪の摩擦[まさつ]に打ち勝って走らなければなりませんから、それはもう大変です。

 ですから、ジェット機でも列車でも、あるいは自動車や人間でも、「動く」ということは、これだけの「風と戦わねばならない」ということなのですね。
 これを「空気抵抗」といいます。
 いいかえれば、運動する物体の形をくふうして、なるべく、この空気の壁[かべ]にじゃまされないようにしなければなりません。詩的な表現をすれば、「風と仲良くしなければならない」ということです。
 そのためには走る方向の断面積をなるべく小さくして、風圧を受けにくくする形が求められます。こうして生まれたのが、ジェット機や最新型の新幹線に見られる「流線型」です。

 さて、空気にも重さがあるということをお話ししました。
 実は、おおよその値ですが、1立方メートル(1m3)の空気の中には、およそ窒素[ちっそ]と酸素の分子などあわせて1025(1と書いてその後に0を25個つけた数)個の分子があることがわかっています。したがって、分子1個あたりの重さは1gの1000億分の1の、そのまた1000億分の1くらいです。

風船はなぜふくらむのか

 ところで、風船はどうしてふくらむのでしょうか。
 中に空気をいれるだけでふくらむということは、空気に、その秘密があるはずです。
 そもそも風船はゴムでできています。ということは、大きくふくらめば、その弾力で小さくなろうとします。その縮まろうとする力に対抗して、風船を内側から外に向けて広げようとする力があるはずです。
 実は、その広げようとする力は、空気をつくっている「窒素や酸素の分子がもっている運動のエネルギー」だということがわかっています。

 つまりこういうことです。
 空気をつくっている分子たちは、勢いよく動いていて、風船の内側に衝突しています。その力が圧力となって、風船をふくらませているのです。しかも、分子たちは、通常、秒速にして数百mというものすごいスピードで動いていますから、1秒間に何度も何度も風船の内側に衝突して、その運動のエネルギーで、風船を広げようとしているのです。

 そこで、今度は、空気がはいっている入れ物が、ゴムのように変形しないものとして考えてみましょう。
 もし、入れ物の大きさを大きくすると、分子たちが、1秒間に、入れ物の壁に衝突する回数がへるでしょう。なぜならば、「入れ物の大きさが大きいために、壁にぶつかってから、もういちど跳ね返ってぶつかるまでに、長い距離を動かなければならないから」です。
 しかも、1秒間の衝突回数がへるということは、壁をたたく力がへるということですから、壁を押し広げようとする力が小さくなるということです。

 実は、単位面積あたりに、どれだけの力が加わるかという目安のことを「圧力」といっています。
 そこでいま、 この「圧力をP」で表し、入れ物の「体積をV」であらわせば、「圧力Pは体積Vに反比例する」ということになります。
 式でかけば、

 P×V =一定

という関係がえられます。
 これを、ボイルの法則といいます。
 風船を外から押さえて、小さくしようとすると、力を加えれば加えるほど、体積は小さくなりますが、ふくらもうとする反発力は強くなります。そして、その反発力にゴムの強度が耐えられなくなったときに、風船は割れてしまいます。

 ところで、空気のような気体だけではなく、すべての物質は原子、分子のような粒々からできています。
 しかも、それらの粒子たちは、じっと静かにしているわけではなく、はげしく動いていることがたしかめられています。
 ふだん、私たちがみている固い物体、つまり固体の中では、原子や分子たちは、かなりしっかり手をつないでいますが、ちょうどバネでつながれたように振動しています。
 水のような液体では、さらに、隣り合う原子、分子の間の結合が弱くて、自由に動きながら形をかえています。水が入れ物の形にしたがって形をかえることができるのは、そのためです。
 そして、空気のような気体では、お互いの原子や分子の間には、強い結合力はなくて、自由に動き回っていて、これが、さきほどお話しした「圧力」をつくりだしているのです。

 そこで、問題です。
 固体の氷を暖めると水になり、水をさらに熱くすると水蒸気になってしまいます。このことから何がわかるでしょうか?
 そうです。
 外から熱を加えると温度が上がりますが、その原因は、原子、分子の運動がはげしくなって、お互いの結合力が弱まり、固体から液体、そして気体になるのです。
 つまり、熱の原因は、原子、分子の運動エネルギーだということです。
 そして、原子、分子の運動がぴったり止まってしまう温度が、この宇宙の中に存在する最も低い温度で、絶対零度といいます。℃で表せば、およそマイナス273℃です。

 ふたたび、空気の話に戻りましょう。
 もし、空気の温度を上げると、その中に含まれている分子の運動も活発になり、速度が増えますから、毎秒あたり、入れ物の壁に衝突する回数も増えるでしょう。 つまり、中の圧力が増加します。
 そこで、圧力を一定に保つためには、体積を大きくして、壁に衝突する回数を、元の温度の場合と同じにしなければなりません。つまり、圧力が一定ならば、温度が上がると、空気は膨張[ぼうちょう]するということになります。
 これを、シャルルの法則といいます。
 そして同じ量の空気が暖められれば、膨張しますから、それだけ空気の密度が下がり、通常の温度の空気より軽くなります。一例をあげれば、風船の中の空気を暖めることによって、風船はフワリと浮くことになります。これが、熱気球の原理です。

 そこで、ボイルの法則とシャルルの法則をまとめて、「ボイル-シャルルの法則」と呼ぶことにして、「温度をT」、「定数をR」とすれば、

 PV=RT

になります。
 この式の意味は、たとえば上の式を、体積Vについて解けば、

 V=RT/ P

になります。ここでRは定数で、もし、圧力Pが一定ならば、体積Vは温度Tに比例することになり、これは、シャルルの法則になることを示しています。
 ここで、Rのことを「気体定数」といいますが、今は、覚える必要はありません。

「風と向き合う」意味

 それでは、今回のしめくくりに、「熱の移動」についてお話ししておきましょう。
 温度が異なる二つの物体を接触させると、どうなるでしょう。
 温度の高い物体の中にある分子の運動エネルギーが、接触面をとおして、温度の低い物体の中の分子にエネルギーを与えることによって、温度の高い物体は温度を下げ、温度の低い物体は、温度を上げることになります。
 つまり、「熱は温度の高い方から低い方へと移動する」わけです。
 この場合、二つの物体以外のところに熱が逃げなければ、全体としてもっている熱量はかわりません。これも、前回お話しした「エネルギー保存則」のひとつです。

 ところで、ヘブライ語で「風」のことを“ルアッハ”といいます。
 それは「息」という意味や、さらには「神の霊」といったような意味もあわせもっています。
 私たちが生きているのは、呼吸をしているからです。呼吸も「風」の一種です。
 かつて宮澤賢治が、人と人とのつながりも、酸素と炭酸ガス(二酸化炭素のことですね)の交流だ、といったように、たがいの「風の交流」でしょう。

 こうして考えてみると、「風」といっても、とても奥が深い存在だということがわかりますね。
 「見えない風の秘密に向き合う」ことは、単に、知らない世界への旅という科学のロマンだけではありません。それを超えて、私たち人間の存在にかかわる、いわば哲学的課題のひとつであることを忘れないでくださいね。

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佐治 晴夫(さじ・はるお)

1935年東京生まれ。理学博士。鈴鹿短期大学長。大阪音楽大学院客員教授を兼任。元NASA客員研究員。東大物性研究所、玉川大学を経て現職。量子論に基づく宇宙創生理論「ゆらぎ」研究の第一人者。NASAのボイジャー計画、“E.T.(地球外生命体)”探査にも関与。また、宇宙研究の成果を平和教育のひとつとして位置づけるリベラル・アーツ教育の実践を行ない、その一環として、ピアノ、パイプオルガンを自ら弾いて、全国の学校で特別授業を行なっている。主な著書に『からだは星からできている』『女性を宇宙は最初につくった』(ともに春秋社刊)など。

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