第五回 「道」に秘められた医療の可能性――道と医療

日本には「道(みち、どう)」というものが数多くある。
武道、華道、茶道、書道、弓道……。
歴史の中で数多く作られてきた「道」の世界。なぜ日本では「道」にしていくことを好んだのだろうか。自分はこうした「道」の世界の中にこそ、未来につながる医療の萌芽や可能性を見ている。

短期的医療と長期的医療

 医療と伝統の「道」の世界とがなぜ関係があるのか。その前提として、自分が日々関わっている医療の世界のことを述べたい。
 病院では様々な人が訪れる。困りに困って、いますぐなんとかしてほしい、という人が多数訪れる。なんでもいいから、いますぐよくしてほしい、という急性期の訴えは、今まで何気なく使っていた体や心がうまく働かなくなっているために、極めて切実なものだ。実際、西洋医学では急性期の対応を得意としている。もともと、西洋医学は感染症への対応や、戦争などでの外傷医学への対応をベースにしながら人類の科学技術の進歩と共に発展してきたものだ。体の状態をすぐに大きく変化させる力に長けている。現在の体が向かっている方向を強制的に変更させることが有効なことも多い。体がよりよい方向へ向かっていくための技術として、西洋医学は1800年代から急速に発展してきた。実際、臨床現場では西洋医学の強力で劇的な力に感動することも多いし、自分が専門とする循環器内科では、心臓に起きた危機的な状況から何度も救命しえた経験も数多くある。そうした日々の臨床現場でも、西洋医学の力から多くの恩恵を受けていることは間違いない。
 ただ、急性期に大きく体の状態を変える技術も、長期的に見ていると西洋医学の技術だけでは不十分なのではないかと感じることも多い。短期的な視点の急性期と長期的な視点の慢性期では、体そのもの状態も大きく変わり続けているし、当然ながら目指すべき目標も変わってくる。急性期でなんとかその場をしのぎ、一時的に身心がいい方向へ向かったとしても、根本の原因が変化していない場合には何度も形を変えて再発することになる。大きな変化は、その反動として予想しない様々な変化を起こすこともある。身心の不安定な状態を揺さぶることで別の平衡状態へと身心は移動していくが、新しい平衡状態で落ち着くためにも、身心は微調整しながら最終調節をする必要が生まれるからだ。
 短期間と長期間での目標は違う。それは短距離走と長距離走とが、速く走りたいという目的が共通していても、どういう体の使い方をすべきかの方法や考え方がまったく異なることと似ている。長距離走は短距離を単に足し合わせただけのものではないからだ。特に、人生は長距離走に相当する。生きることの中に、老いや死というプロセスも内在しており、そのためには長期的な視点で体や心を見ていく必要がある。そうした長期的な視点こそが、医療のプロとしての力量が問われるところでもある。体や命は常に動いているのだ。一日一日を生き延びていくという意味では短期決戦だが、一生という人生を考えると長期的な視点が不可欠になる。そうした時間軸を含めて自分の体を見ていくためには、体や心への立体的で精緻な理解が必要となる。

内/外のアプローチ

 わたしたちの見えない場所、意識できない領域において、ミクロレベルでの奇跡的な仕事の積み重ねで体は動いている。表に出て意識できる領域は体の中でもごく一部に過ぎない。たとえば、わたしたちは普段から何も意識せずとも働いてくれている内臓の仕組みを、どれほど理解しているだろうか。体の働きだけでもそうだが、こころの活動はさらに目に見えず、形もないものだ。かなしい、うれしい、こわい、たのしいなど、感情に名づけたラベルとしての名前を聞くと、身体感覚としてその一端を感じることはできるが、果たしてどこからその感情がやってきたのか、何のためにその感情が必要なのか……、そのようなことを改めて考える余裕もなく、わたしたちはこうした体や心のシステムを生まれたときに与えられて生き続けている。
 体や心への理解には、内側からアプローチする方法と、外側からアプローチする方法がある。内側からのアプローチは、あくまでも自分自身の体を出発点として、体がなぜこのように動くのか、心はなぜこうして動いたのか、その目的を自分自身が当事者として問い続け、考えていくものだ。外側からのアプローチは、自然科学や西洋医学が積み立ててきたように、誰かが探求して蓄積した知識を外から取り入れることで頭から体から学ぶことだ。もちろん、身心への深い理解に至るには、おそらくどちらも必要だ。ただ、どちらが土台になるか選ぶとすれば、やはり自分自身を自分の内側から学ぶことが、当事者にとっては一番重要であり基礎になるものだろう。なぜなら、生まれてから死ぬまで、生き続けている限り体や心と付き合っていくべき当時者は、まさに自分自身、ただひとりなのだから。

調和へ至る道

 西洋医学と伝統医学の特徴と相違点について簡単に述べたい。西洋医学においては「病」を客観的に定義し、その「病」といかに戦って勝利するか、ということに関する技術を蓄積している。それに対し、伝統医学では「健康」を定義し、その「健康」な状態へ向けて今自分が何をできるかを考え取り組んでいく。「健康」とはなんだろうか? すこし自分なりに考えてみると、「健康」の客観的な定義は極めて難しいことがわかるだろう。なぜなら一人一人に与えられた体の条件はすべて異なるからだ。「健康」は各自が仮にでも主観的に決めることが必要になのだと分かるだろう。いずれにせよ、そうした「健康」に向けた実践的な知恵を豊富に持っているのが伝統医学の世界だ。「健康」は「調和」と置き換えてもいい。自分にとっての「調和」を図る手段が医学や医療の本質であるとすれば、それは必ずしも医療の枠内にとどまらず、あらゆる領域にそこへ至る道を見出せることがお分かりだろう。

 日本に残る「道(みち、どう)」の世界では、些細な日常の中に真理や本質を見出し、そうした一見些細でありふれたことを入り口にして、自然の原理や本質と分かちがたくつながったものとして人生をかけて探求していく世界でもある。結局は、過去の自分が未来の自分へと、よりよく成長し成熟していくための「道」でもある。人によっては、「成長」という前向きで発展的な言葉を嫌う人もいるが、そうした好き嫌いの考え方もすべて含みこんだうえで、自分がよりよく生きていくための「道」でもあるのだ。
 「道」には色々なジャンルがあり、それぞれの領域で求めるものや方法論や形式の違いはある。ただ、それは優劣で測れるものではなく、好みや特性の違いと言ってもいいかもしれない。言葉や文字が好きな人、イメージや映像が好きな人、考えることが好きな人、体を動かすことが好きな人……。それぞれの個性や特性に応じ、自分自身を成長させる「道」は多様だ。だからこそ、あらゆる「道」の世界が存在し、残っているのだろう。

体からのアプローチ「型」

 「道」の中には、身体を動かす方法論としての「型(かた)」がある。「型」とは、ある一定の形式に作られた身体運用の方法論のことでもある。わたしたちは誰もが赤ん坊としてこの世に生まれてくるが、体の動かし方を学んだ上で、体を動かしてきたわけではない。見様見真似で、あらゆる動きのトライ&エラーの繰り返しをしながら、首が座り、寝返りをし、ハイハイをして、ひとり座りをし、ひとり立ちをして、歩き、走るようになったのだ。このプロセスは、なんとか懸命に生きようともがく中で自力で必死で自己学習してきたものだ。だから、体の使い方はどうしても自己流になってしまうのも当然といえるだろう。
 ただ、身体の運用方法で共有されたものもある。それが「型」と呼ばれるものだ。「型」は、今でもあらゆる「道」の世界に残っている。たとえ理由が分からずとも、型に沿った身体の運用方法には、型に落とし込んだ人たちの深い意図がある。型を学ぶことで、心はある状態に落ち着き、体と心とが分かちがたく一つであること(心身一如)を、体の体験としても学ぶことができるのだ。心が不安なときは、まさに心が「不安定」になっているときでもある。ただ、心は目に見えず形がない。水も同じように定まった形はないが、器が存在すると水はある一定の形態を持つ。心にも一定の形を与えて安定させるために、まず心の器である身体を安定させることから始めることが、型の考えの基礎にある。体の全体を安定させるために呼吸を安定させることから始めることもあるだろう。そのことで「おのずから」心は安定していき、明晰な本来の心で外界を見て聞いて感じて生きていくことができる。まるで楽器のチューニングのように。チューニングが適切でないと、本来の音色は響かないのだ。そうした身体技術が「道」の中には、「型」として残されている。
 「道」の世界では、個々人の調和や安定を図るための、様々な体や心の運用技術が伝えられてきた。そういう意味では、きわめて医療的な側面を持っていると思うのだ。

心からのアプローチ「言葉」

 体からのアプローチとしては、「型」という身体の形式があり、そのことで心をある一定の「型」に収めていく。心からのアプローチに関しては、様々な「美」や「芸術」を作っていくプロセスによって、心の葛藤をおさめて昇華させ、一つ上の視点から見る視点を獲得していく。
 わたしたちはうれしく楽しく美しいプラスの(ポジティブな)体験もするが、悲しく辛く受け入れがたいマイナスの(ネガティブな)体験もする。特に死や別れは受け入れがたいものであるし、時には裏切られたり信頼を失ったりする体験などもある。人生では様々な体験が向こうからやってくるのだ。多くは避けることができないものとしてやってくる。そのとき、自分の心にはおさまりきれないし、受け入れることができないことも多いだろう。そうしたとき、わたしたちの心はどのようにして対応して、前に進んでいるのだろうか。
 わたしたちの不定形な心は、何かしらの言葉をピースとして形を持っている。そもそも、感情自体に「つらい」「かなしい」「せつない」などと言葉を当てているのは、形がなく見えないものに何らかの「言葉」を当てないと、無意識の深みから意識の上へと浮上させて認識するのが難しいからだ。言葉をあてることで(たとえそれが不十分なものであっても)、そのモヤモヤした不定形なものを意識することができるようになる。言葉を素材として無意識に潜む不定形な心の動きや感情の動きに形をあてることで、意識と無意識とに橋をかけている。心が不安定で揺れているときにも、何かしらの「言葉」を頼りにすることは、心を一時的に安定化させるために重要な行為だ。そもそも、「こころ(心)」という言葉自体が「コロコロ」と移り変わるさまを表す擬態語から生まれたという話があるくらい、心は不安定で動揺しやすいのだ。
 たとえば、和歌を詠むことを考えてみよう。つらい体験、受け入れがたい体験、死や離別などの体験をしたとき、その状態に適切な言葉をあてて表現することで、自分の中の不安定な心はある一定の形を持ち、新たに動き出していくための心のとっかかりを持つことができる。自分の中で葛(くず)や藤(ふじ)の枝のようにもつれあって絡まりあった様々な不可知なものたちが(こうした植物の生態が「葛藤(かっとう)」の語源でもある)、言葉によってほぐされることで、心が動き出す余裕(スペース)が生まれるのだ。心は手ごねの粘土のように常に形を変えて作り替えられていくものだから、生きていきながら、新しい経験を重ねながら、さらに新しい言葉を発見しながら、心の形は未来においても作りかえられていくことを繰り返し続ける。そうして受け入れがたい体験を心の中に収めていくために、言葉は非常に重要な役割を果たすのだ。広い意味では、イメ―ジも、イメージ言語という意味での言葉にもなる。そうした相矛盾するものを心の器の中に受け入れながら、新しい心の状態を発見していく営みが、言葉として顕現してくると和歌になり、俳句になり、言葉が生み出す芸術へと高められていく。「道」の世界にも、そうした営みが分かちがたくセットになっていることが多いのは、心を安定化させる技として、先人たちがあらゆる模索を繰り返した結果として残っているからではないだろうか。もちろん、言葉はそうして心に形を与えることができるため、言葉によって意味が固定化されてしまうと、逆に心の流動性や自由さや柔軟さが奪われ、今度は言葉が自分自身を縛り始めることもある。道具はすべて使いようだ。そうした言葉のいい点と悪い点とを理解しながら、言葉と自分の思考との関係性を十分に把握しながら、自分の心をより自由にするために、言葉の世界とうまく共存・共生していく必要があるのだ。

心身一如

 体の運用技術としての「型」においても同様のことが言える。例えば、座禅ではただ座る、ということを重視する。しかし、このただ座る、ということこそが難しいのだ。頭は色々なことを自動的に考える。それは雑念であり、そうして生まれては消えていく、自分の脳が生む自動的な活動(本来的な性質)を客観的に観察することを求められる。そして、雑念や不可解なイメージが心の中に浮かんできたときは、座禅における坐(座り方)を整えることが求められる。つまり、体の不安定な状態こそが、心の不安定な状態を招いていると考えるのだ。心身一如であるとすると、体を整えることが心を整えると考える。同様に心を整えていくことが体を整えていくことも、同じプロセスを別の経路からたどっていることになるのだ。
 人によって好き嫌いや得意や不得手がある。そのために「道」の世界は多様化していったのだろう。お茶や書、器や空間が好きな人には茶道がぴったりあうだろうし、文字、書くこと、漢詩、言葉などが好きな人には書道がぴったりあうだろう。もちろん、師や学友との出会いも、その人にとって偶然でもあり必然の道を歩いていくためには重要な要素にもなるだろう。
 自分にあうかどうかは、短期的な視点だけではなく長期的な視点が必要だ。あうかあわないか、そのことは短期的に決めることはできず、むしろ長期的に継続した中で結果として感じられるものかもしれない。たとえば、違和感を感じてしまい、「自分には合ってないのではないか」と感じる時があるとする。違和感は本来の自分自身からのズレを感じているからこそ感じられるものだ。その本来の自分自身とはどういう状態なのか、果たして何なのか、本来へと回帰して接近していくためにもズレや違和感は重要な要素なのだ。向かうべき視点は外ではなく、内側にこそある。「何に違和感を感じているのだろう」と。心地よければ「合っている」わけではないだろうし、心地悪い場合に「合っていない」わけではないだろう。なぜなら、そう感じている自分自身も変化し続けているし、そうした変化の幅を含んだものが、「道」とされているのだから。短期的な変化よりも、人生というライフサイクルを含んだ視野での長期的な変化・変容をこそ、道の世界では重要視している。だからこそ、「考えてからやってみる」よりも、「やりながら考える」方が、「道」のような長期的な視座で人間という全体性を見ている世界では、適切であろうと思う。

 「道」の世界には、わたしたちの心が生み出す意識の活動をほどいたり、ゆるめたりすることで、硬く融通の利かなくなった自分自身を縛り苦しめる意識のモードを調整する技術も、数多く残っている。わたしたちは、起きているときは外側に意識が向かい、寝ているときは内側に意識が向かう。生命は、覚醒と睡眠というリズムを内在しながら、その二つの異なる世界を、意識を固めたり、柔らかくほどいたりしながら、毎日せっせと調整し続けているのだ。そうした外側と内側の意識が重なった領域にこそ、芸術や芸能や美などが果たす役割がある。そうした二つの異なる世界が重なった状態で、生命は接続され、内部に広がるいのちの世界は日々更新され、生まれ変わっているのだから。わたしたちの内側には、未知なる広大ないのちの世界が、広がっていて、わたしたちのいのちを静かに支えている。

「道」としての長期医療

 いずれにせよ、「道」の世界では、「体」の使い方としての「型」が数多く残っている。それはある意味では「身体言語」としての、体の「言葉」でもある。身体言語の意味は読み解こうと思わない限り、解読は難しい。「型」に秘められた身体言語を読み解いていくことも、体の奥深さを学んでいく「道」にも通じているのだ。体との対話や、体の奥深さを謎として学んでいくことは、自分自身の体を知ることに通じるし、それは結果的に予防医学にも通じる道だ。長期的な視点で自分自身の体と折り合いをつけていくことは、短期的で急性期の医療に長所がある西洋医学と補い合うものとなりうるのではないだろうか。実際、「道」の世界では、経験豊富で年を経れば経るほど、体の動きの質は深まっていくとされる。このことは、体の使い方を筋肉優位や若さやパワーで考えているのではなく、いかに体を疲れさせずに少ないエネルギーで効率よく最大限の効果を生むように使うか、という知恵が凝縮されたものでもあるだろう。
 医療の本質は、病気を治すということ以上に、体の使い方、心の使い方といった基礎的な運用方法にあると思う。先天的な病を持つ人もいるし、そもそも、生まれたときに与えられた体の条件はすべての人が異なっている。与えられたこの体や心は取扱説明書を与えられて使っているわけではないが、過去を生きた先人たちは、この体や心を使いながら、人生を生き抜いていくためのサバイバル技術のような切実で命がけの知恵や経験を法に蓄積させてきた。そうした切実なプロセスの中で、体の運用方法は、「型」という抽象的な形に凝縮されていったし、心の運用方法は、言葉や表現を使って美や芸術に高めていくことで残されている。

生命と向き合う「道」

 「道」には、数多くの実践的な身体技術や心の技術が圧縮保存されている。教えている側も、それとは知らずに受け継いで伝えていることも多いが、記憶をたどるように創始した人の思いを逆行してたどっていけば、体や心のプロセスが、深いところに保存されていることに気づくだろう。そこには、死者となった先人たちからの思いも込められている。この現実から目を背けず、たくましくしなやかに生きていくためのいろいろな知恵が豊富に含まれているのだ。そして、その生きていく土台となるのは、常に私たちの体であり、心である。
 だからこそ、「道」の世界や、体を介した美や芸術・芸能の世界は、医療と接点があるのだと思う。健康や調和を求める技術として。それは予防医学、未病、養生法へと通じるものだ。
 たとえば、日本に数多く残っている「道」の世界には、
 芸道としての茶道、香道、書道、華道がある。
 武道としての柔道、剣道、弓道、相撲、空手道、合気道、少林寺拳法、薙刀(なぎなた)、古武道がある。
 古典芸能としての能楽、狂言、歌舞伎、人形浄瑠璃があり、日本舞踊、神楽、田楽、舞楽、猿楽、盆踊りがある。
 音楽としての雅楽(謡物、歌舞、管弦、舞楽)や邦楽(箏曲、琵琶曲、胡弓楽、尺八、三味線)、浄瑠璃節や長唄、民謡、島唄がある。
 古典芸能などの体の動きは、特殊な動きのように見えるだろう。それは現代とは「質」の異なった体の使い方なのだ。今ある体を改造して体を動かすのではなく、今まで意識しなかった繊細でゆっくりとした丁寧な体の使い方を行うことで、体の動きの質を変えていく。そうした体の叡智とも言うべき身体技法が「型」として数多く残っている。人生の様々な体験を心に収めていくプロセスを美や芸術へと高めて探求した心の技術も、数多く残っている。他にも多くの分野で残っていることだろう。
 「医療」の枠を内側から拡張すれば、わたしたちはもっと体や心のことを深く知り、広く学び続けることができる。さらに、それは自分自身を素材として、自分自身にとってどうなのだろうかと、答え合わせをしながら確かめることもできるような自分だけのおまけもついてくる。
 「道」の世界から、わたしたちはもっと多くのことを発見できる。そこには、先人たちが体や心、命そのものと向き合っていった切実なプロセスが、色濃く残っているものなのだから。

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稲葉俊郎(いなば・としろう)

 1979年熊本生まれ。医師。2004年東京大学医学部医学科卒業。2014年東京大学医学系研究科内科学大学院博士課程卒業(医学博士)。現在、東京大学医学部付属病院 循環器内科 助教。
 東大病院では、心臓を内科的に治療するカテーテル治療や先天性心疾患を専門とし、往診による在宅医療も週に一度行いながら、夏には山岳医療にも従事している(東大医学部山岳部監督)。医療の多様性と調和への土壌づくりのため、西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。国宝『医心方』(平安時代に編集された日本最古の医学書)の勉強会も主宰。
 古来の日本は心と体の知恵が芸術・芸能・美・「道」へと高められ心身の調和が予防医療の役割を果たしていた、という仮説を持ち、自らも能楽の稽古に励む。未来の医療と社会の創発のため、伝統芸能、芸術、民俗学、農業・・・など、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行っている。

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