第五回 ビジネスに必須なのは「信頼の欠如」


 今回からはしばらくカラマたちブローカーの日々のビジネスについて紹介する。これまでも触れたとおり、彼らは現在、SNSを使って独自のクラウドファンディングや一種の「シェアリング経済」のシステムを構築している。彼らの驚くべき「シェアリング経済」のしくみを説明するためには、まず彼らが普段どのようなビジネスをし、香港の業者やアフリカ諸国の顧客とどのような関係を築いているのかを明らかにする必要がある。
 チョンキンマンションに長期滞在するタンザニア人ブローカーの多くは、カラマと同じく中古自動車(以下、中古車とする)や中古車部品、中古電化製品などを扱っている。香港の業者や顧客との交渉術や付き合い方などは個別のブローカーによって違いがあるが、基本的なビジネスの方法は同じである。なぜなら、彼らに中古車ビジネスのノウハウを教えたのは、「チョンキンマンションのボス」であるカラマだからだ。
 香港における中古車販売業者や解体業者の集積地は、香港鉄道路線MTRの錦上路駅からタクシーで十数分の錦田(Kam Tin)地区である。この地区一帯の中古車業者や解体業者は、中国本土から香港に流入した移民をふくむ中国系住民とパキスタン系移民が中心を占めている。
 カラマたち中古車や中古車部品のブローカーの稼ぎ方は、大きく分けて次の3つである。
 第一に、アフリカ系交易人のエージェントとしての仕事をすることで稼ぐ方法である。彼らは、タンザニアを中心にアフリカ諸国から中古車を買付けに香港にやってきた交易人/輸入商/消費者(以下、顧客と呼ぶ)を、錦田地区の中古車販売業者や解体業者のオフィスや店舗、解体工場の敷地などに案内し、目当ての商品を一緒に探しだす。そして中国系/パキスタン系業者との値段交渉や契約書作成、輸送手続きなどを代行したり手助けすることで、顧客から「手数料」を稼ぐのである。彼らの稼ぎの大半は、この第一の方法で得たものである。
 第二に、錦田地区の中国系/パキスタン系の中古車販売業者のエージェントとしての仕事をすることで稼ぐ方法である。彼らは、何人かの得意先の中国系/パキスタン系業者から取扱い車種の情報を受け取り、アフリカ諸国の顧客に営業をかけて販路を探すことで、中国系/パキスタン系業者から「手数料」を稼ぐこともある。
 第三に、自ら売れ筋の商品を探しだし、母国の顧客へと輸出することで稼ぐ方法である。顧客からの依頼も香港の業者からの依頼もない日、彼らは錦田地区の解体業者を歩きまわり、アフリカ市場で売れる「お買い得な」中古車や中古車部品、電化製品などを自身の目利きで探しまわっている。彼らは「これぞ」という商品を見つけると、中古車の外観や内装、エンジンなどの写真を撮り、WhatsAppなどのSNSをつかってアフリカ諸国に在住する顧客やブローカーまたは香港在住の他のブローカーに写真を送る。そして「今世紀最大のお買い得な中古車を発見した! お得意さんである君には、スペシャルプライスで売ろう」などと営業をかけ、顧客が見つかると、彼らの代わりに輸出までの手続きを担う。この場合は、1台あたりの「手数料」ではなく、香港業者の設定した値段よりも高く販売することで、マージンを得る。例えば、カラマたちは、香港業者との値段交渉の結果、4,000米ドルの売値で決まった中古車を、アフリカ諸国の顧客に4,500ドルで売ることも6,000ドルで売ることもある。

解体屋で中古車を見て回る
解体屋で中古車を見て回る

 この3つの稼ぎ方のうち、カラマが最もやる気になるのは、第一のアフリカ系の顧客から具体的な依頼を受けて買いつけに同行し、1台あたりの手数料と輸送代行手数料をもらう仕事を請け負った時である。カラマは、アフリカ系の顧客がまだ母国にいる段階から頻繁に連絡を取りあい、彼らのためにチョンキンマンションや周辺地域の安宿の予約をしたり、入域審査で問題が生じないように業者に招聘状の作成を依頼したりと忙しくしながら、顧客の到着まで、毎日、私に皮算用の結果を披露する。
 「サヤカ、来週の月曜日にやってくる客は、タンザニアで有名な旅行会社の経営者なんだ。サファリツアーに使うランドローバーを5台ほど購入するって言っているけど、何とか説得して8台は買わせたい。そうすると、1台の手数料400ドル×8台で3,200ドルの利益だ」「サヤカ、やっぱりランドローバーは5台のままで、他にサファリ用のミニバスを勧めようと思うんだ。今日、○○の店でちょうどいいのを2台見つけたんだ。ランドローバーの手数料を400ドル、ミニバスは600ドルで交渉するとして、俺の稼ぎは……」。
 顧客が到着すると、カラマたちは空港への出迎えから換金、SIMカードの購入、三度の食事まで顧客のあらゆる便宜を図り、毎日一緒に中古車を探すために出かけていく。顧客がいるときだけは、カラマも11時には起きてくる――というよりも同じ宿か近くの宿に泊まっている顧客に叩き起こされる。
 だが、第二の香港の業者からの販売委託は、あまりやる気が起きないようだ。顧客の商品を探し出すよりも、香港の業者が売って欲しい車の販路を見つけるほうがはるかに大変であるからだ。
 また第三の方法は、自身の目利きで選んでいるので販路を見つけること自体は第二の方法よりは容易であるが、渡航費を払って買いつけにきた「本気の顧客」とは違い、これらの客は予定外の買い物の費用をすぐ用意することができず、業者が決めた「取り置き期限」までに代金を送金して来なかったり、「やっぱり買うのをやめる」と連絡が入ったりと、徒労に終わることも多い。
 第一および第三のアフリカ系の顧客のエージェントとしての仕事については次回に譲り、今回はまず、第二の方法に密接に関わる、カラマたちブローカーと香港の中古車業者・解体業者との取引について説明したい。

相手が自分を恋しくなった頃に会いに行く

 毎日、昼過ぎに起きてきて、約束した時間に遅れたり、約束をすっぽかしてしまうカラマ。「取引先に怒られないのかしら」という私の疑問は、はじめて彼と一緒に販売委託を請け負った取引先の業者を訪ねた日に解決した。カラマは、やはり怒られていたのだ。
 2016年11月のある日、カラマは錦田地区にオフィスを構えるパキスタン系の中古車販売業者イスマエル(仮名)と午前10時に会う約束していた。イスマエルは、長年日本に居住して多様な商売をした経験があり、日本語も流暢に話せる。彼はこの時、2億円を投資して北九州市で買い付けた中古車が香港に到着するのを待っており、そのうちのいくつかをカラマたちブローカーを介してアフリカ市場に流そうと計画していた。だがいつも通り昼過ぎに起きてきた彼が、イスマエルのオフィスに到着したのは、14時を回っていた。イスマエルはオフィスに現れたカラマの姿を見るなり、「カラマ、時間は金だ。僕はこれまで100回以上は君に伝えたが、真面目にやれば、いつか大物と知り合って成功できる。何で君は真面目にやらないのだ」と英語で苦言を呈しはじめた。
 カラマはどこ吹く風だ。最初こそ困った顔をしてみせ、英語で「サヤカ、俺は昨日、タンザニアにいる妻が産気づいて朝まで寝られなかったとイスマエルに言ってくれよ」などと適当な言い訳をしていたが、いつまでも小言をやめないイスマエルにすぐに飽きたらしく、イスマエルの社長椅子に座って格好をつけたセルフ写真を私に撮れとはしゃいだり、「ここのマサラ・ティーは、錦田のパキスタン人のオフィスのなかでベストクオリティなんだぜ」とさりげなく従業員に紅茶をねだったりと、いつもの飄々とした態度をとりはじめた。
 カラマに苦言を呈しても効果がないことを悟ったのか、イスマエルはため息をつくと、今度は私に日本語でカラマに対する愚痴を漏らし始めた。彼は、日本で苦労して商売をしてきた経験から真面目に仕事をすることの重要性を学んだという。真面目に仕事をすれば、評価してくれる人物が必ず現れると。だが、その話を何度もカラマにしているのに約束の時間に必ず遅れてきて、彼の信用を傷つけかねない行為をする。他方でイスマエルはカラマがこれまで何十台も彼の車を売りさばいてきたことも説明し、自分は彼の顧客ネットワークの大きさとビジネスの手腕を買っているので、何とか彼に心を入れ替えて欲しいと思っていると話した。その後にイスマエルは英語に切り替えて「僕は、カラマが真剣にやるなら、彼に大きな仕事を任せても良いと考えているんだ。真面目にやれと彼にスワヒリ語で説得してくれないか」と私に要請した。英語で言ったのだから、カラマにも聞こえているのではないかと思いつつ、念のためにスワヒリ語に訳してイスマエルの言葉を繰り返すと、カラマはしれっと「聞こえていたよ」とウインクする。
 カラマも英語で「サヤカ、イスマエルに俺は明日から新生カラマ(New Karama)として真剣に仕事をするよ。毎日、彼のオフィスに9時に来ると約束するって日本語で伝えてくれよ」という。互いに英語は話せるのだから私を挟まないでくれとむくれつつ、イスマエルに日本語で彼の言葉を繰り返すと、「そろそろ、ビジネスの話をしよう」となった。
 イスマエルは日本から香港に到着予定の中古車リストのファイルをカラマに見せ、どれならアフリカの顧客に売れるかと相談をはじめた。カラマはざっとファイルを確認すると、「どれも高すぎる」と顔をしかめ、「これからも仕入れるならば、汚くても壊れていても良いのでもっと安い車を仕入れるべきだ」と説得を始めた。そして具体的に教えて欲しいというイスマエルの要望に応え、タンザニアで売れ筋の車種と価格帯の情報を3枚にわたる紙に書いて渡した。イスマエルは大喜びでそれを受け取り、「これから銀行に行かねばならないので、明日また会おう」とオフィスを後にした。

売れ筋商品のリストを作成するカラマ
売れ筋商品のリストを作成するカラマ

 私たちはその後にいくつかの解体業者を回って売れ筋の中古車を探し、顧客に流すために中古車の写真を何枚か撮影してから帰途に着いた。
 帰り道、カラマに「怒られちゃったね」と言うと、「パキスタン人は良い人たちだけど、導火線が短くてすぐに発火するのが難点なんだ」と嘆いてみせた。私は続けて「明日から本当に朝9時に彼のオフィスに行くの? というよりカラマ、朝9時なんかに起きられるの?」と冗談めかして聞いた。すると彼は意外にも真剣な顔をして「9時なんて余裕だよ。儲かるとわかっていたら、俺は徹夜して朝6時からだって働くよ。君はまだその機会に遭遇していないだけで、儲けを前にした俺が朝早くから夜遅くまで錦田地区を何キロも歩いていることは、みんな知っていることだよ。だけど、明日イスマエルのオフィスに行くかどうかは、まず試してからだ」と返答した。
 チョンキンマンションに戻ったカラマは、同ビル内で宿泊中のマリ人の大物ブローカーに電話し、「いまから話すことは、あなたにとってのゴールデン・チャンスだ。日本からほとんど新品の中古車が100台ほど到着予定だ。実はまだこの話は俺しか知らない。興味があったら、いますぐに何台買うかを決断して欲しい。明日になったら別の人間に流れてしまうかもしれないから、いますぐの決断が必要だ」などとさっそく営業活動をしていた。深夜に再会したカラマは、「マリ人はトヨタ・アルファードの2004年モデルなどを20台くらい仕入れたいってさ。3日以内に話をまとめてやる」とほくほくした顔で語り、イスマエルの言葉通りの凄腕ビジネスマンであることを証明してみせた。ただ翌日、カラマはいつも通り昼過ぎに起きてきた。
 マリ人との取引の後、カラマがイスマエルの仕事をすることはなく、ふたたび一緒に彼のオフィスを訪ねたのは2週間ほど経った頃だった。カラマはまたしても説教をくらい、イスマエルから「仕事を任せたいと考えているのに、なぜ来ないんだ」と前回と同様の言葉を繰り返されていた。帰り道、私は「真面目にやるんじゃなかったの? イスマエルに会いに行けば、たくさんの車の販売を任されて手数料を稼ぐことができるのでしょう? なんで毎日行かないの?」と聞いてみた。その時のカラマの返答は、とても興味ぶかいものだった。
 「毎日イスマエルに会いに行けば、彼は俺を自分の子分のように思い始めるだろう。イスマエルが怒るから彼の言うとおりにするなんて態度をとっていたら、彼は俺を自分の従業員のように扱うようになるよ。俺は、パキスタン人と何年も仕事をしているから、これは予想ではなく事実だ。もしイスマエルに雇われたら、彼だけが儲けて、俺は彼の稼ぎのために働くことになる。俺たちアフリカ人が、香港の業者と対等にビジネスをするためには、彼らが俺に会いたいと恋しがる頃に会いに行くのがちょうどいいのさ」。
 カラマは、本気で彼らを怒らせないように時々なだめる必要があると言いながらも、そもそも自分たちを対等であるとみなしていない人々に対しては、「扱いやすい人間」にならないことが対等性を築いていくうえで肝要であると説明した。遅刻やすっぽかしのすべてが計算づくではないだろうが、マイペースでいることはアフリカ人あるいは不安定な移民/難民としての彼らが、実質的には力関係の異なる香港の業者と対等な関係を築くための駆け引きの一環なのかもしれない。
 カラマたちは常々「対等」「均等」を口にする。思い起こせば、私がカラマに最初に出会った時にも、次のような依頼をされていた。カラマは、私に彼と信用取引をしてくれる日本の中古車業者を探して欲しいと考えている。日本の中古車業者は、カラマたちに中古車を先に送り、カラマがその中古車を香港在住のアフリカ系ブローカーや、15カ国以上のアフリカ諸国にいる顧客たちに販売する。
 カラマの仕事は、マーケティングと販売、諸々のトラブルの解決である。カラマ曰く、アフリカ諸国の顧客から代金を取り立てたり、クレーム処理をしたりする信用コストは高いが、そこで生じうるトラブルは、カラマが責任を持って解決する。つまり、日本の業者は、アフリカ諸国の顧客との取引に付随する面倒をカラマに一任することができる。ただし、日本の中古車業者とカラマは「対等なビジネスパートナー」であり、仕入れ代金や輸送に関わる経費を引いた純利益は「均等」に分けあう。
 この依頼を聞いた時には、私は「そんな業者を見つけるのはムリだよ。だってその話は、企業に見ず知らずのカラマを信用するという無謀な賭けをしろと説得することじゃん」と率直に難色を示した。カラマは涼しい顔をして「そのために日本人の君がいるんじゃないか」という。私が彼の保証人となって面倒な事態に巻き込まれるリスクを負うのは嫌だと不満を述べると、カラマは「もちろん君は俺のビジネスパートナーになるのだから、利益は俺たち二人で均等に分けることになる。ビジネスは誰かを信用しないと始まらない。君が俺を信用してみる気になったらって話だよ」と答えると、この話は終わりとばかりに昨日のネットサーフィンで見つけたコメディ動画を披露し始めた。

カラマを専属にしたがるパキスタン系業者

 カラマや彼の仲間のブローカーたちと中古車業者を回るうちに、彼らが何人かのパキスタン系業者や中国系業者と親しい関係を築いていることがわかってきた。パキスタン系の業者を訪ねていくと、よく紅茶や缶ジュースでもてなされる。中国系業者は基本的にそっけない態度を採るが、暑い日に歩き回ったせいで汗だくになっていたりすると、涼んで行くようにと木陰にベンチを運んできてくれたりする。親しい業者のオフィスでは、カラマたちは勝手に冷蔵庫をあけてジュースを飲んだり、食器棚をあさって食パンやビスケットを探してきたり、時にはキッチンに入り、従業員用に用意されている昼ごはんを温めて食べたりする。我が物顔でふるまうカラマに最初は驚いたが、業者たちは「カラマは、兄弟だから」「彼とはもう10年以上のつきあいだから」とおおらかに構えているようだ。パキスタン系業者のなかには、カラマを専属のエージェントとして雇用したいと述べる者たちもいる。
 2018年3月20日に訪れたパシュトゥーン人の中古車業者は、18年前から中古車ビジネスを始め、台湾やマレーシア、韓国などでも商売を行なってきた。いまでも本拠地は台湾にあり、オーナーの彼は香港の支社にはたまにしか来ないのだという。彼は、久しぶりに再会したカラマと親しげにハグをかわした後に、私に「僕はもう何年も一緒に台湾でビジネスをしようとカラマを口説いているが、(ひとたび香港を離れると難民認定が取り消されるため)カラマがなかなか決心してくれないのだ。早くしないと、一儲けする前に僕たちはともに爺さんになってしまうよ」と語った。白髪のパシュトゥーン人のオーナーは48歳でカラマよりも2歳若いが、外見的には年老いて見えると嘆く。するとカラマは、「大丈夫だよ。年寄りは、心の問題だ。俺の心はいまだ18歳以下。永遠の少年だ」と胸を張り、香港を離れたら必ず台湾に行くと約束していた――ただし(被雇用者ではなく)「ビジネスパートナー」として。
 業者にとって、カラマたちブローカーは客引きや販路開拓、売れ筋の商品情報の入手に関わる重要な顧客である。だが、彼らがカラマたちブローカーを使う背景には、アフリカ諸国の顧客と直接取引をすることで生じうる多様な面倒を回避するという理由が大きいようだ。アフリカ諸国の顧客の買いつけの仕組みは次回詳述するが、香港の業者にとっては、まずもって顧客が信頼できるか否かを見極めることが非常に困難なのである。彼らは、「売約済み」にして売らずに取っておいた中古車の代金が期限までに振り込まれなかったり、確かに輸出した中古車が港に届かないなどとクレームが来たり、販売した相手とは異なる人間が中古車を引き取りにきてトラブルになったりといった失敗例をよく語ってくれる。カラマたちを介せば、これらのリスクのすべてを彼らに転嫁することができるのだ。
 ただし、カラマたちブローカーと香港業者の関係は必ずしもwin-winな関係ではなく、潜在的には利害が対立している。以下では、彼らがどのような点で利害が対立しているのかを説明したい。

香港の業者とアフリカ系ブローカーとの関係

 錦田地区の中古車販売業者・解体業者には、上述したイスマエルのような、①日本から中古車を輸入し、香港に集まる世界各国の輸入業者に販売・転売する形態と、②中国本土および香港から廃車を含む中古車を買いつけて販売・転売する形態の2種類の業態がある。日本のオークションなどで仕入れた車を香港に輸入する業者が扱う中古車は比較的状態がよく品揃えも豊富であるが、他の業者と比較して値段も高い。他方、同じパキスタン人のハッシム(仮名)は、2000年代前半から中国本土と香港で中古車を仕入れて販売している。彼が扱うのは、廃車寸前の事故車や製造年の古い車種であり、非常に安価である。カラマたちアフリカ系の中古車ブローカーが日々顧客を案内したり、売れ筋の中古車を探してまわるのはもっぱらハッシムのようなタイプの業者である。次の事例は、後者のタイプの業者との取引で生じた出来事である。
 2018年2月26日、私はカラマから突然に2,400米ドルを貸して欲しいと頼まれた。高額を貸与することに躊躇してすげなく断ったのだが、彼が私に借金を申し込んだ経緯は、次の通りであった。カラマは数日前にタンザニアのシティ・バス会社のオーナーであるサイディ(仮名)から、シティ・バスとして使われるトヨタ・コースター6台と、軽トラック(車種不明)2台の計8台の注文を受けた。サイディはそれまでアラブ首長国連邦のドゥバイで自ら車を買いつけていたが、ドゥバイよりも香港のほうが平均して2,000米ドル/台ほど安価に購入できることを知り、このたび香港に買いつけに来ることとなった。
 サイディは香港に不慣れであり、見ず知らずの業者との交渉に失敗して高く不良品を売りつけられるリスクを回避することを目的に、1台あたりの手数料400米ドルでカラマに買いつけの案内を依頼した。私が手数料の高さ(カラマの手取りの多さ)に驚くと、香港の業者に騙されて大掛かりな修理の必要な中古車を高値で買った失敗談を耳にしていたサイディは、1台400ドルの手数料を「安い」と喜んでいたと、カラマは語る。この約束では、ブローカーであるカラマの手取りは、400米ドル×8台で3,200米ドルとなる予定であった。だがカラマは、このうちシティ・バス6台については、彼自身のポケットマネーで香港のパキスタン系中古車業者に手付金を支払うことで直接的にサイディに販売することを計画していた。
 パキスタン系業者の販売価格は1台4,000米ドルであり、サイディを彼の店まで連れていくとこの価格で販売されることになる。ここでカラマが6台分の手付金2,400米ドルをパキスタン系業者に支払い、いったん自分自身の商品とすると、パキスタン系業者は顧客との交渉に介入しないため、例えば1台4,500米ドルで販売し、彼は手数料400米ドル/台とは別に500米ドル/台の利益を稼ぐことも可能である。この場合、カラマは3,200米ドルに加えて、500米ドル×6台で3,000米ドルと、およそ2倍の利益を得る計算になる。カラマは、ドゥバイよりも安く買えることができさえすれば、サイディは500ドルくらい彼のマージンを上乗せしてしても「安い」と喜んで買うだろうと語っていた。
 ただし、カラマが周囲の人間に借金をしてまで手付金を捻出し、直接的に顧客に中古車を販売しようとした理由は余剰の利益だけが目当てではなかった。サイディは一般消費者ではなくシティ・バス会社のオーナーなので、これからも定期的な注文をする可能性が高い。もしサイディとパキスタン系業者とを直接的に引き合わせ――しかも問題なく取引が遂行され、業者とサイディが互いに信頼できることを了解すると――、次回からはカラマを介さずにパキスタン系業者に注文することになる。その方が、サイディにとってはブローカーの手数料が要らないので安く購入できる(さらにカラマにこっそりマージン上乗せ価格で売られることもない)し、業者にとってはカラマの手数料の分だけ少し高めに売ることができる可能性がある。カラマは、錦田のパキスタン系業者はこれまで彼が連れてきた「上客の70%を奪ってしまった」と不満げに語る。
 以上で説明したように、香港の中古車販売業者・解体業者は基本的には、アフリカの顧客と信頼関係を樹立できれば、ブローカーを介さずに直接的に取引をすることを望んでいる。実際にアフリカ系ブローカーを介して多数のアフリカ諸国の顧客との関係を築いたパキスタン系業者のなかには、ウガンダの首都カンパラ市やタンザニアの首座都市ダルエスサラームに支店を開く者/開く計画を語る者が増えつつある――カラマが最近になって帰国を切望するようになった背景には、アフリカ諸国へと進出する業者との「チャネル」を母国のブローカー(予備軍)に先駆けて獲得するという計算もあるようだ。またアフリカの顧客も香港での買いつけで業者との交渉の仕方がわかれば、ブローカーを使わずに自身の目利きと交渉力で商売をしたいと望んでいる。
 つまり、カラマたちブローカー業とは、香港の地理や香港の業者のやり方・手口に不慣れなアフリカ系の顧客と、アフリカ系顧客のやり方や手口に不慣れで信頼できる顧客を見極められない業者とのあいだの「信用」を肩代わりすることで、「手数料」「マージン」をかすめとる仕事なのである。言い換えれば、「雇用されるのではなく、対等なパートナーとして独立自営する」というカラマたちのビジネスは、両者のあいだの「信用の欠如」によって成立しており、アフリカ系の顧客と香港の業者が直接取引を重ねることで信用を樹立すると立ち行かなくなる、あるいは自律性を放棄してどちらかのために働く「労働者」となるという不安定さをもっている。
 香港(と中国)市場とアフリカ市場がいずれも生き馬の目を抜くようなアナーキーな市場であることが、彼らの隙間産業の糧となっていることはカラマたちも知っており、時として実際に生じたトラブル例を紹介するSNSを通じてそのことを喧伝してもいる。「香港のアフリカ人を信用するな」「香港の人々を信用するな」と。
 カラマたちが構築したSNS上のシステムは、資源としての「信頼の欠如」を温存しながら、パキスタン系/中国系業者とアフリカ系顧客とのあいだに彼らを介在させる「独自の信用システム」を作る試みである。
 次回は、カラマたちのもう一方の取引相手であるアフリカ系顧客との関係を開示し、彼らがICTや電子マネーによって切り拓いた「シェア」「フリー」を基盤とする経済のしくみを検討していきたい。

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小川さやか(おがわ・さやか)

1978年愛知県生まれ。専門は文化人類学、アフリカ研究。京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科博士課程単位取得退学。博士(地域研究)。日本学術振興会特別研究員、国立民族学博物館研究戦略センター機関研究員、同センター助教を経て、2013年より立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。著書に、『都市を生きぬくための狡知』(サントリー学芸賞受賞)、『「その日暮らし」の人類学』がある。

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