第三回 食べることから「私」を見つめなおす――食と医療

 人は食のおかげで生きている。人がよりよく生きていくことをサポートするものが医療であるとすると、生きていくための食と医療とは密接にかかわっている。食を考えることは、「生きるとはどういうことか」を考えることに他ならない。食が体を構成し、体の土台を作っている。
 この世に赤ちゃんとして生まれたときは、わたしたちは自力で食べることはできない。人類は「ほ乳類」に分類されるように、「ほ乳」行為によってお乳を吸って生き延びてきた。「ほ乳」という食の行為は、人類にとって死活問題なのだ。赤ちゃんの時は自力で食も排泄もできないが、だからこそどんな人でも誰かに支えられ、食を与えられることで生きてきた。赤ちゃんの時から本能的に「食」に関わることになるが、そもそも「食」の本質とはなんだろうか。食事をすると、体の中で何が起きているのだろうか。義務教育でも、生きる根源である食と体とが密接につながっていることをあまり学ばないため、多くの人は体のことをよく知らない。ただ、食と体のことを深く知ることは、自分の体を知ることであり、予防医学にも通じるものだと思う。そして、体の調和を保ち続けるためにも、体を支える食がおろそかになっていると、土台を支えることができなくなる。

たくさんのいのちからできている「わたし」

 「わたしたちは生かされている」という言葉をよく聞くが、これは比喩ではなく、実際に人の体は無数のいのちの力に支えられて「生かされて」いるのだ。腸には数百兆の腸内細菌が生きているおかげで、お腹に入った食べ物が自動的に消化吸収される。わたしたちが食べたくて食べているように思えるものも、実は腸内細菌の欲求なのかもしれない。
 人の体が持つ60兆個すべての細胞に数十から数百のミトコンドリアが存在しているが、元々は細菌として生きていたものが約20億年前に細胞の中に飛び込んで共生した名残である。約20億年前、細胞には有害だった酸素をエネルギーに変換してくれるミトコンドリアはまたとない救世主であり、ミトコンドリアにとっても快適で安全な住居空間を提供してくれる細胞という場所は好都合だった。そうしたちょっとした偶然の共同生活が、今のわたしたちの呼吸の基礎を形作っている。一つ一つの細胞の中で、ミトコンドリアが呼吸で取り入れた酸素をエネルギーに変換してくれるおかげで、人は生きることができる。わたしたちが呼吸しているように思えるものも、実はミトコンドリアの欲求なのかもしれない。
 腸内細菌がいないと栄養があっても有効に活用できないし、ミトコンドリアがいないと酸素があっても有効に活用できない。人の生命の根底を支えているのは他の生命との共生の仕組みなのだ。そして、それはどちらかが一方的に得をするものではなく、お互いがよりよく生きるための仕組みでもある。

 体には、いのちの歴史の中で約40億年にもわたり、受け継がれ改変され続けてきた「生命記憶」が刻印されている。食というと、通常は普段食べている食事や飲み物を含め、固体食や液体食をイメージすると思うが、それと同様に、「気体食」も食の歴史の中で受け継がれてきた食の一つである。というのも、食は生きるために必要なエネルギーの供給源でもあるが、内臓で吸収する食だけではなく、肺で取り入れる酸素を含めた気体食がないと、生きることができないからだ。体は絶妙に役割分担がされている。生命の進化は専門分化の歴史であると同時に、それぞれが調和・協力する調和の歴史でもあるのだ。
 固体食と液体食は胃や腸などの消化器系が担当し、気体食は気管支や肺に代表される呼吸器系が担当している。1回1回の呼吸も気体で行う食事だと考えてほしい。呼吸器は、元々は消化器が特殊化したものとして生まれてきた。胎児の時代に、体は少しずつできあがってくるが、最初に管としての消化器ができる。その消化器の一部が風船のように膨らんで肺ができてくるのだ。
 これは、4億年前に生命が海から陸へ上陸し、えら呼吸から肺呼吸へと大幅なモデルチェンジが必要となったことが原因である。えら呼吸では海水と餌を同時に内臓に取り込み、えらから必要なものを吸収し不要なものを排出していた。つまり、えら呼吸では内臓そのもので呼吸していた。海の時代には、乾燥の心配も呼吸の心配もなかった。わざわざ気体食をする必要がなかった。ミトコンドリアのエネルギー源としての酸素は、海水に溶け込んだ液体食としてえら呼吸をすることで自然に行われていたからだ。約4億年前、野心的な生命は海から陸へと上陸を果たした。体も水仕様から、水陸両用へ、そして陸仕様へと仕組みを変えていった。そのときに、食と呼吸が一体となって行われていたえら呼吸から、食と呼吸が分離した肺呼吸を作る必要に迫られたのだ。
 なぜ、えら呼吸から肺呼吸へと、無理とも思われるようなモデルチェンジをしなければならなかったのだろうか。
 それは、当時盛んであった造山運動により、海底が盛り上がり陸地へと突然に変化してしまい、その環境の変化に適応して生き延びるために生み出したのではないかと考えられている。地球の内部には、プレートと言われる硬い岩盤があり、地球上のすべての陸や海底はそのプレートの上に乗っているので、わたしたちの地盤は常に動いている。そのプレートとプレートがぶつかる境界部では、山や火山が生まれ、地震が起き、あらゆる地殻変動が起きる。また、古代の地球には何度も巨大な隕石が落ちてきた跡が見つかっており、ほとんどの生命が絶滅する中で、一部の生命が生き残り、必死にいのちの流れをつないできた。
 ここで簡単に生命の歴史をおさらいしてみる。約40億年前に原始の海に生命が生まれた。細胞膜により内と外の区別が生まれ、内部環境が独立して自立したことがきっかけと考えられている。原初の生き物は単細胞生物と言われ、一つの細胞だけで完結した生命体だった。そこでは食も呼吸も運動も代謝も、すべてが一つの細胞の中でコンパクトに行われていた。その後、30億年もかけて約10億年前に多細胞生物が出現したとされる。つまり、ひとつひとつの細胞が集まって群れを作る時代から、ひとつひとつの細胞が寄り集まって一つの生命体となる仕組みを考え出したのだ。一つの細胞が単独で生きている生命の時代から、多細胞生物という生命体が生まれるまでに約30億年もかかったことを考えると、いかにすごい芸当なのかお分かりいただけるだろう。多細胞生物の道を選んだということは、それぞれの器官を専門分化していったということだ。食担当、動き担当、内部での運搬担当、排泄担当……と。多細胞化は専門分化していく歴史でもあるが、同時に調和・協力していく歴史であることも忘れてはいけない。それぞれの臓器が役割分担をしても、バラバラに動いては何のために専門分化したかわからない。すべての細胞が同時に協力し続けないと、ひとつの生命体が存続することは絶対にできないのだ。このことは、わたしたちの社会に当てはめても大きな示唆を与えるものだ。社会の中で組織や集団が生命あるものとして機能するためには、生命のあり方からこそ学ばないといけない。そして、それはわたしたち自身でもあるのだ。

わたしたちが人になるまで

 約10億年前に多細胞生物が生まれたが、約8~6億年前には地球は超氷河期となり、地球自体が丸ごと全凍結してしまう冬の時代を迎えた。スノーボールアース(Snowball Earth)と言われている。この時期に多くの生命は絶滅してしまったが、一部の生命はなんとか生き延び続けた。地球が凍ってしまった時代にも深い海底には熱水を発する場所があり、生命は深海で熱エネルギーを生きるためのエネルギーへと変換させながら、しぶとく生き延びていたのだ。多細胞生物は口を持ったことで、捕食能力を得ていたことも生き延びることができた要因でもあった。どうやって食べ物を獲得するか、どうすれば他の生き物に食べられないか。そういった生き延びるための切実な課題を解決できるように、生命はより多様化していったのがこの時代だ。厳しい環境の中で生き延びるためにあらゆる方向性を模索した結果が、多様化へとつながったのだ。厳しい環境や時代でこそ、多様性が大事なのだ。
 そのことが、古生代初期のカンブリア爆発につながる。古生代は約5億年から2億年前の時期を指すが、古生代の最初がカンブリア紀と呼ばれる時期で、生命が急激に多様化した時期なのでカンブリア爆発と呼ばれる。最古の脊椎動物である無顎むがく類(あごはなく、食べ物の選別はできない)が登場したのもこの時期だ。
 わたしたち人類は、この脊椎動物(背骨がある生き物の総称)の流れの中にいる。こうして生命が必死に生き残ってきた歴史の一幕をほんの少し覗いてみるだけでも、食を得るための道を多様性と共に模索しながら、必死に生きようとしてあらゆる手段を模索した歴史が感じられるだろう。地球が氷河期を迎えて巨大な氷となった時期も、宇宙から巨大な隕石が落ちてきて生命がほぼ絶滅した時期も、地球のプレート同士の衝突で造山運動や大地震があり、海底が盛り上がり、海が突然陸地となった時期もあったのだ。生命は、そうした苦難の時期に多くの死を迎えながらも、生き延びたものたちが必死にいのちをつないできた。人類もその大河の流れの中にいる。
 生命にとって「食べる」ことは常に切実な問題であった。消化器の歴史を見ても、原始的な生物は筒状の形をして、食べ物をろ過するように体を通過させて食べていた。腸だけの構造をしていた。その後、腸管から吸収する場所として肝臓が独立を果たし、次に消化する場所として膵臓が独立した。それまでは消化細胞も吸収細胞もひとまとめとして混在していたが、専門の仕事へと特化していく動きが始まったのだ。その後、顎と胃とが独立し、食べるものを選別し、食べたものを蓄えることができるようになった。こうした消化器の変遷はすべて古生代初期に起きた出来事である。その後、古生代中期のデボン紀あたりで両生類が誕生し、腸から肺が独立していく。えら呼吸をベースにして、まったく違う仕組みを持つ肺呼吸へと作り変えていったのだ。
 誰もが当たり前のように生まれたときから体を与えられているために、体の仕組みを深く考えることはない。体の歴史を考えることもない。周りに生きる生き物との体の関連性を考えることもない。わたしたちがなぜ肺呼吸をしているのか、なぜ呼吸をしないと死んでしまうのか、吸った酸素はどこでどうやって使われているのか、なぜ食事をしないと死んでしまうのか、食べたものはどこへ行ってどうやって使われているのか、そもそも、なぜ細胞が60兆個も寄り集まって人の体はできているのか……。ただ、わたしたちが当たり前に生きているという現象を、病気を含め、体のバランスが崩れたときに初めて真剣に考え直すのは皮肉なことでもある。
 食を考えるためには、同時に人の体も深く知る必要がある。人の体がどうなっているかを知ることと、食がなぜ大切で、食と医療がどう結びつくのかは深層では密接につながっている。ここでは改めて、人の体がどうなっているのかを、改めておさらいしたい。こうした生命の歴史と体との関連の研究に関しては、三木成夫先生が多大な業績を残されている。人の体は宗教も人種も超えてすべての人に共通のことだ。わたしたちの体が多様性と調和の原理で成立していること、そして人の体が数十億年にも渡る歴史の中で受け継がれていること、そうした体に流れる生命原理や生命記憶のことを深く学ぶことは、平和運動でもあると思う。三木先生の思想は、今こそ必要とされている。三木先生は大切なことを何度も繰り返し言い続け、そして大切なことしか言わなかった。以下では、三木先生の考えをベースにしながら、臨床家として感じていることを織り交ぜて記したい。我々が命を受け継ぐというのは、先人の思いを受け継ぐことでもあると思うからだ。

体に宿る植物原理

 人の体は60兆個の細胞から成るひとつの統一体でできている。一つの単細胞である精子細胞と一つの単細胞である卵細胞が出会い、一つの単細胞である受精卵となる。そこから卵割と言われる現象により60000000000000(60兆)個の多細胞生物へとなっていく。生命の進化を確認するように。人の体は60兆個から構成されているので、複雑なのは当然だ。ただ、大きく2つのパートとして、動物性臓器と植物性臓器とに分けると考えると分かりやすい。
 動物性臓器は、外の情報を中に取り入れる感覚(五感:視覚、聴覚、嗅覚、味覚、皮膚感覚)と、それを伝える神経(脳はその一部が肥大化したセンター)、外に伝える運動系(筋肉など)からなる。植物性臓器は、外の食べ物を中に取り入れる消化器と呼吸器、それを全身に運ぶ血管、外に出す泌尿器と生殖系から成り、体は得意分野で役割分担されている。

 ○植物性臓器:栄養+生殖(食+性)(いのちの根源を担当):吸収→循環→排出
  ①<吸収系>(消化‐呼吸系) 取り入れる
  ②<循環系>(血液‐脈管系) 配る
  ③<排出系>(泌尿‐生殖系) 排出する

 ○動物性臓器:植物性臓器の補助:感覚→神経(脳は神経の一部)→運動
  ①<受容系>(感覚系)外の情報を受け取る
  ②<伝達系>(神経系)内部で伝える
  ③<実施系>(運動系)外へ表現する

 動物性臓器は頭の意思で動かせるが、植物性臓器は頭で動かせず無意識に働いてくれている存在だ。寝ているときも、体はもちろん生きているが、すべて無意識の働きであり、生命活動の重要な部分は植物性臓器が多くを担っている。植物性臓器は内臓などの食だけではなく、性をも担当しており、食により個体の生命を維持し、性による種の生命をつないでいく。食と性が、生命の存続にとって重要なことだから、人体の構造としては、動物性臓器が表面を覆うようにして、植物性臓器を守る形をとっている。日中は動物性臓器の代表格である脳が邪魔して体の活動を妨げることもある。体は休みたいのに頭が休ませてくれない。体は不自然な食事を欲していないのに頭が外部の情報に左右されて、体が欲しない食を取り入れる……。植物性臓器は、どんな邪魔が入ろうとも、生命にとって大事な営みを24時間休みなく粛々と続けているのだ。意識しなくても1秒に1回の正確なリズムで心臓は脈を打ち鼓動を打つ。口から食事をとれば消化器は体に必要なものを自動的に取捨選択してくれる。不要で有害なものは吐いてくれるし、必要な栄養物をすべて取り入れると、不要なものは便として自動的に外に排出される。口から酸素を吸えば、肺から血液中のヘモグロビンと結びつき、全身の細胞にあるミトコンドリアへと自動的に運んでくれる。体の無意識の活動を意識することも感謝することは少ないが、生まれてから死ぬまで、休みなく働き続けてくれているのだ。体の中で、生命を静かに支えてくれるのは動物性臓器ではなく植物性臓器なのだ。植物性臓器は、固体食、液体食、気体食などの食を、なんでもいいからとにかく口から取り入れてさえくれれば、なんとかしてくれる。体に悪くても、食べる時期がずれていても、量が過剰に多くとも少なくとも、植物性臓器はわたしたちの生命の存続を真摯に願って、粛々と働き続けている。食と性という生命にとって重要な働きはすべて植物性臓器に委ねられているのだ。なぜなら、動物性臓器の代表である頭は、やる気やテンションに大いに影響されてしまう情緒不安定な存在だからだ。生命を支える役割は、職人のようにじっと黙って長期的なビジョンで働いてくれる存在が適役なのだ。
 植物性臓器は、植物と同じ原理で動いている。植物と同様に自然と調和し、四季や風土の変化に応じて共鳴している。女性の月経が月の周期と共鳴しているのも同じ働きだろう。人の体は、自然と共鳴する植物性臓器が体の中から支え、内臓(内側の蔵)となり、内臓を守るように表面を動物性臓器がコーティングしている。体の内なる自然の声が聞こえなくなったのは、植物性臓器が内側に閉じ込められていることも原因だが、別の言い方をするとそれは大切に守られているからとも言える。人体を「ミクロコスモス(小宇宙)」と呼ぶことがあるのは、大宇宙(マクロコスモス)と共鳴する植物世界が人体の中に蔵のようにおさめられていることを感じた人たちがつけた呼称なのだろう。
 だからこそ、何を食べるのかは、動物性臓器の「頭」が決めるのではなく、体とよく対話して、体や植物性臓器の声をよく聴いて決めたほうがいい。なぜなら、食を生命活動に運用して働いてくれているのは植物性臓器なのだから。体が拒否し不快に感じるものは体が求めていない。頭ではなく体が喜ぶものが、体が求めている食事なのだ。固体や液体だけではなく、気体食も同じことが言える。ある場所や自然のなかに行くと体が喜ぶならば、そういう所で深く長く呼吸をして、食事を味わうように呼吸を味わってほしい。呼吸こそが、動物性臓器と植物性臓器とをつなぐ働きを持っている。なぜなら、えら呼吸の時代は内臓そのもので呼吸していたため、呼吸は植物的な営みだったが、肺呼吸になると脳の意思で動かす筋肉が呼吸を担うようになり、呼吸は植物的な営みから動物的な営みへと切り替わったのだ。肺という植物性臓器を、体表や横隔膜の筋肉という動物性臓器が動かすようになり、呼吸は体の中の植物原理と動物原理が調和する必要が生まれた。実際、様々な武道や芸道でも呼吸が真髄とされるのは、肺呼吸では動作と呼吸が一致しなくなったためだ。動くための筋肉が呼吸でも使われるようになったため、息をするときに動作の隙が生まれるようになってしまったからだ。もちろん、植物原理と動物原理という二つの原理は相対する原理であり、調和という生易しい表現ではなく、身体活動の中では時には対立し、ぶつかりあってもいる。ただ、結果としては生命がよりよい状態へ落ち着くために、お互いが絶妙な塩梅を探りながら、お互いを補い合いながら存在している。
 体の中で静かに生命を支える植物原理を見ていると、現代という時代が、動物原理ではなくてまさに植物原理を必要としていると思う。植物は、自然を征服せず、自然の中に入り込み、一体となる。軸を天地に立て、自然と調和し、花を開き、果実を実らせる。闘争原理や支配原理ではなく、土の中に根を張りめぐらせ、環境と融和的に溶け込みながら、天地自然と同期・共振しながら土地や環境を育てる。全体と調和的な関係を結び、成長して生きている。こうした植物原理が、静かに植物性臓器の中で生命をはぐくんでいるとしたら、わたしたちが再度見直す大切な原理として身体の奥深くに刻印されているのではないだろうか。

食べることは生命原理の声を聴くことである

 土地や風土に根付いた食品は、異なった自然や風土に適ったものがおのずから生まれている。人類が誕生する以前から、植物という生命の営みの中で野菜は生まれている。ちなみに、植物と動物は、約20億年前に生命の流れの中で分かれた。古い生命の仲間だ。細胞の中に葉緑体というバクテリアが入り込んだかどうかで、植物への道と動物への道は大きく二手に分かれた。野菜などの植物は、原理的にも自然と調和した生命だ。そうした自然と調和した食べ物は、内なる自然である体の調和を取り戻すきっかけにもなる。たとえば、発酵食品は細菌と人間との共生の歴史から生まれた芸術作品とも言える。腸は細菌が住んでいる聖域でもあるので、発酵食品から摂取された細菌は、喜んで腸の中で働いてくれる。自宅に大事なお客さんを招く気持ちで頂きたい。体の中に食べ物が入ると、酵素の働きで分解されて体内に取り込まれる。酵素がうまく働かないと、体の中を素通りしてそのまま排出されるだけだ。こうした生きた酵素に関しても発酵食品は知恵の宝庫でもある。大豆を納豆菌(枯草菌)で発酵させると納豆になり、麹菌、酵母で発酵させると醤油となり、麹菌、酵母、乳酸菌で発酵させると味噌になる。すべては生きた細菌のおかげだ。生きた細菌は人間のために働いているわけではないが、彼らの数多くの酵素のおかげで、あらゆる化学反応を起こして人は食を味わうことができる。
 食に関しては情報過多で困ることもあるだろう。テレビをつけても雑誌を開いてもスマホを見ても、あらゆる食の情報が飽和している。迷ったときこそ、基本に帰る必要がある。大切なことは、頭の情報に振り回されるのではなく(情報には誰かの意図が隠れている)、必ず体と対話して、体の声を聴いて食を楽しむことだ。植物性臓器も腸内細菌もミトコンドリアも、すべて生きている。われわれの生命は、寡黙で働きものの植物性臓器によって支えられているのだ。体が喜んで気持ちよく働いてくれるように、頭だけで判断せずに、体と仲良くしてよく対話して、一人で悩まずに相談してほしい。
 人は、生まれてから死ぬまで、一瞬たりとも自分の体と離れることはできない。とても大切な存在である家族や親友との別れは必ず訪れるが、そんな時でも自分自身の体や心が一瞬も途切れることなく一緒にいてくれるはずだ。ただ、わたしたちはずっと支え続けてくれている伴走者を大切にすることを忘れ、気遣いや感謝を後回しにしている。頭で学ぶ情報や概念的な知識に振り回されるより、常に自分と一緒にいる心や体とこそ、対話をすることが大切なことだ。対話は、言語によらずともそういう態度でいるだけで静かに沈黙の中でも行われるものだ。体の無数の働きに思いを馳せると、体の中に取り入れるすべてのものを、もっと大切にしようと自然に思えるはずだ。それは誰かから強制されるものではなく、自分の体の深い場所から湧き上がってくるものでもある。今後も死ぬまで長い付き合いになるだろう。体とよく対話をして仲良くして、お互いを理解してほしい。
 食は、あなたの体や命を支える重要な役割を持っている。食の本質とは、そうした生命原理の声を聴くことにある。人の体に浸透している生命原理は、遥か数十億年も過去の生命の始まりから、一度も途切れることなくつながり続け、受け渡され続け、体の生命記憶としてあらゆる場所に刻印されているのだ。目を凝らせば、きっと見えてくる。耳をすませば、必ず聞こえてくる。

参考:三木成夫「ヒトのからだ―生物史的考察」うぶすな書院 (1997/07)
初出:アーツ前橋 (監修)「フードスケープ 私たちは食べものでできている」アノニマ・スタジオ (2016/11/30)内の収録「愛の海に溺れながら、からだは生きている」を加筆・改変。

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稲葉俊郎(いなば・としろう)

 1979年熊本生まれ。医師。2004年東京大学医学部医学科卒業。2014年東京大学医学系研究科内科学大学院博士課程卒業(医学博士)。現在、東京大学医学部付属病院 循環器内科 助教。
 東大病院では、心臓を内科的に治療するカテーテル治療や先天性心疾患を専門とし、往診による在宅医療も週に一度行いながら、夏には山岳医療にも従事している(東大医学部山岳部監督)。医療の多様性と調和への土壌づくりのため、西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。国宝『医心方』(平安時代に編集された日本最古の医学書)の勉強会も主宰。
 古来の日本は心と体の知恵が芸術・芸能・美・「道」へと高められ心身の調和が予防医療の役割を果たしていた、という仮説を持ち、自らも能楽の稽古に励む。未来の医療と社会の創発のため、伝統芸能、芸術、民俗学、農業・・・など、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行っている。

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