第一回  誕生

子どもが生まれました。予定日より、ひと月早く。

 六月九日はストロベリームーン(Strawberry Moon)と呼ばれる赤い満月だった。夏至に近い満月は地表近くの低い場所で見えることから、こういう異名があるとのこと。妻は満月の前夜から一か月も早く陣痛が始まった。自分はその時、講演のため熊本にいた。一番早い飛行機に飛び乗って東京へ戻り、ギリギリ出産に立ち会うことができた。固唾を飲んで一部始終を共に体験した。
 出産の立ち合いでは、人間の生命のはじまりを女性とは異なる形で追体験した。それは自分の始まりをも思い出させるようなすごい体験だった。自分が思い出せないくらいはじまりの過去のこと。この世界に生まれてきて、「わたし」の人生が始まった最初期のこと。脳が思い出せないだけでも、身体の細胞のどこかには何らかの痕跡として記憶している、そんな人生のはじまりのこと。
 新しいいのちは、明らかに自分の意志で生まれようとしてもがいているように見えた。頭をねじり、体をねじり、命がけで必死に出てこようとする姿に、自分は生命の強い意志を感じた。
 人が生まれる前、必ずお母さんのお腹の中で生命を育む時期がある。そこは狭く暗い空間だ。妊婦の女性の方を見かけたとき、その中に一人の人間が首をまるめ、足を屈曲し、体を小さく抱えるようにして、心臓の鼓動をうち、静かに生きていることを想像してほしい。暗い空間の中で、母体の内臓の音や周囲の環境の音を聞きながら、若いいのちは少しずつ外の世界に出ていく準備をしているのだ。
 狭く暗い空間の中でたったひとり。ある時から、小さいいのちは色々なことに気づいているはずだ。自分はいつまでもここに長居するわけではなく、いつかこの空間から出ていく。そして、出口はこの狭く細いたったひとつの道しかないのだ、ということを。ただ、外に出ていくには自分の力だけでは到底出ていくことができない。まだ運動機能も発達していないし、そもそも、外に出て行く態勢をとれるほど、母体の中は広くはないのだ。
 そうして時は過ぎていく。ある時、陣痛が訪れる。それは波のような身体のリズム。母体も陣痛に抗うことはできない。それは満ちては引き、引いては満ちる、波のようにおのずからやってくるリズム。少しずつ大きくなるリズムの到来により、今が外に出るタイミングだ、と若いいのちは気づくだろう。自分が住んでいる空間そのものが抗えない大きな力で動き出しているのだ。子宮は収縮し、ある方向へ導き促すように突然動き出している。出口は一つしかない。自分が住んでいる狭く暗い場所から、ついに外の世界へ出ていく時期が来たのだ。
 出口は狭く細く長いので、体があまりに大きくなると外に出られなくなる。小さい方が外へ出やすいが、小さすぎると体力はまだ不十分で、守りがない外の空間に出ることは、すぐにいのちを失うほど危険かもしれない。早く出ていけば未熟な自分が生き伸びるのは厳しくなるが、遅く出るとむしろ無事に外に出ることができるかどうかもわからない。通り道である母体に大きな負担がかかるかもしれない。そうした命がけの選択の究極の駆け引きが行われているように自分は思った。唯一用意されている出口は、絶望的に狭いのだ。
 月は満ちた。特に女性の体は月の影響を受けている。そもそも、生命を生むリズムである女性の月経自体が、月の満ち欠けと連動している。女性は、月のリズムを全身に受けながら生きている尊い人たちなのだ。月は満ち、母体は、自分では制御できないおのずからのリズムで、動き出している。人は、ある時期からみずから自分の体をすべて管理、コントロールしていると勘違いしてしまうが、こうしたいのちの根源に関わる部分は、自分の意図を超えたおのずからの力で動かされることになるのだ。
 新しいいのちも、ある程度の準備はできている。体は、それなりにできあがっている。さあ、外に出る時が来た。ただ、タイミングは分からない。本当に今なのかもわからない。なぜなら、すべてがはじめての体験で誰かが教えてくれるわけではないのだから。正しい答えはない。もっと適切な時期があるのかもしれないし、何か別の形で生まれる道があるのかもしれない。たった一度のチャンスしかないのだとしたら、今がその瞬間ではないかもしれないとも思う。手に触れるもの、足で触れるもの、見えるもの、聞こえるもの、匂うもの、何かが存在しているのは感じられるだが、まだ相互の感覚はつながってはいない。
 外に出て行きたいと思うのだが、手から出るのか、足なのか、頭なのか、お尻からなのか、とにかく何が正しいのかは分からない。それでも、ただ純粋に外に出てみたいという好奇心はある。外の世界を見たい、聞きたい、知りたい、感じたい。手を伸ばしたい、足を伸ばしたい。暗く狭い世界ではなく新しい世界に飛び出したい。そこは光のある広い空間なのだろうか。果たしてもっと暗く狭い場所なのだろうか。いずれにせよ、生まれたい、生きたい、という思いは変わらない。
 しかし、あくまでも命がけだ。チャンスは一度だけ。勇気がいる。決断がいる。
 それでも、人は生まれてくるのだ。新しいいのちは、感情や感覚を認識してはいないだろうが、生まれる、という命がけの行為に結実させて、勇気を持って外の世界へと飛び出してくるのだ。
 母体の子宮は収縮し、外へ通じる出口へと新しいいのちを運ぼうとしているが、ただそれだけでは外に出ることはできない。何にしろ、たった一つの出口は、絶望的に細く狭いのだから。新しいいのちは、体を微妙に回転させてねじりながら、通り道に対して自分の体を最小限に小さくして出てくる必要がある。そこには、おのずからやってくる母体の力だけではなく、みずから出たいという自分自身の力も協力することが前提になっているのだ。
 生まれたての赤ちゃんには産毛が生えていて、「けもの(毛もの、獣)」としての人間の歴史を感じさせてくれる。生まれた後には産毛が必要なくなり、「毛もの」から卒業して布や衣服を身にまとうことになる。こうした胎児期の産毛も、狭い産道をなんとか自分自身の力で出ていくために、少しでも摩擦を減らして安全に確実に出ていくための生命の知恵の一つでもあると思った。
 新しいいのちは、あらゆる可能性を携え、生命の歴史を受け継ぎながら、この世界へとやってくる。狭く暗い母体から、光に満ちた広大なこの世界へと。外の世界に出てくるのは本当に命がけなのだ。すぐに出てくるときもあれば、何日もかかることもある。赤ちゃんも、母親も、練習はなく本番だけだ。人は命がけで生まれてくるのだ。この厳しい過程を見ていると、過去には多くの人が亡くなっただろうと思う。
 ただ、そうした命がけの行為の連なりによって、人類のいのちはここまでつながっている。その営みは、脈々と受け継がれていて、一度も途切れたことがない。江戸時代も、戦国時代も、平安時代も、縄文時代も、誰かがこの営みを命がけで続けてきたおかげで、いのちはこうしてつながっている。
 それは人類だけに限らない。人類が生まれる前の生命、その前の生命・・・、はじまりはどこかわからない。40億年前に地球の海から生命が生まれたとされるが、海や水、地球自体も一つの生命かもしれないから、生命の始まりは、定義次第でもある。そうした遥かなルーツを持った生命の流れの中で、その流れは一度も途切れたことがない。いのちは宇宙的な時間の中でつながってきた。ほとんど、いのちの交換と言ってもいいほどの命がけの行為の中で、いのちは受け継がれ、今に至っている。

 そうした歴史の中で、自分もあなたも、生まれてきたのだ。母体の中で何を思い、何を感じていたのかは分からない。思い出せないものだ。ただ、私たちは、過去に自分がしてもらったことを、今度はする側にまわることで、再度思い出し、学び直すことができる。
 人は生きていると、自分が強いと思い込み、自分の思い通りになるという錯覚に陥ることがある。ただ、人生の始まりは、圧倒的に弱い存在として生まれてくるのだ。命がけで勇気を持って生まれてきたとしても、誰かに守られないと数時間も生き続けることはできない。生きていることは、生き残っていることでもある。誰かが懸命にいのちを育んでくれたからこそ、人は生きているのだ。赤ちゃんは、全身でうごき、表現し、泣き、眠る。誰かがミルクや母乳を与えないといけない。誰かが排泄物を処理しなくてはいけない。「完全介護」の状況だ。二十四時間、誰かがつきっきりでケアすることになる。
 それは人類という生命の種がとった生命を受け継ぐスタイルだったともいえる。人は一人では弱く生きていけない存在だからこそ、愛を与え合い、愛を受け取り、多くの人と協力して支え合う必要があることを、人生の始まりで自分自身の体験のコアとして徹底的に学ぶのだ。
 人である以上、誰もが通過した道。遠い始まりの過去は忘れてしまうものだから、今度は自分がケアする立場に回ることで、自分がしてもらったことを学び直すようになっている。人はどれほど弱く脆く繊細な存在なのかということを学び、それでいて、人はどれほど強く力に満ち、自由で可能性に開かれた存在なのかということを同時に学ぶ。人は、両親だけではなく、あらゆる人の助けを借りてやっと生き残ることができる存在なのだ、ということを再度学ばされるのだ。自分と血がつながった赤ちゃんや子どもであることと関係なく、赤ちゃんや子どもという過去の自分の面影は、あらゆるところにいるのだ。
 自然界の厳しい世界の中で、人間が生きていくには愛の力が必要であり、そのことを深く強く刻み込むために、人生は弱い存在として始まっている。誰かに大切にされた経験があるからこそ、なんとか生き残っているのだということを思い出すために。頭の記憶にはないかもしれない。ただ、おそらく身体の記憶としては残っているだろう。大切にされ、愛された経験が、辛く苦しい体験よりも、上回っているからこそ、人はこうして生きているのだ。

 新しいいのちはまだ弱い存在だからこそ、毎日、妻を中心として必ず誰かがケアをしている。ケアとは、大切にする、ということだ。ケア(Care)とキュア(Cure)とは違う。キュアは治療すること。日々、人のいのちを育む土台となるのは、あくまでもケアであり、大切にする、というシンプルなことだ。

 人は誰もが命がけで生まれてくる。そして、母親も同じくらい命がけだ。出産では大きく体がきしむから、その後に元の体に戻ってくるまで長い時間がかかるし、後遺症で苦しむ場合もある。ただ、母の力は強く、そうしたことを感じさせないように生活しながら、みんなが精いっぱい生きている。生まれるためには、母体の陣痛の力もあるが、生まれる側の生まれたいという力とも協力しないと、人は生まれることはできない。そこには助産師や医師などのプロフェッショナルのサポートもいる。人間の生命が生まれてくる仕組みは多くの困難を伴うものなので、生命の誕生には多くの死が伴っているものだった。
 そうした辛い経験と遥かな歴史の中で、知恵は蓄積され、医療も洗練され、生命が生まれることをできる限り支えることができる。過去には産婆さんの知恵でもあったし、出産の経験があるおばあさんの知恵として大切にされていたものでもあった。そして、西洋医学の発展は、陣痛促進剤や帝王切開や無痛分娩を産み、あらゆる環境に対応できるよう、知恵と技術を蓄積していった。

 ただ、忘れてならないことは、新しいいのちにとって、そういう知識や技術の歴史のことは何も知らず、裸一貫で生まれてくる、ということだ。だから、常に命がけなのだ。タイミングも分からないし、出方も分からない。正しいのか間違っているのかなど考える余裕もない。命がけで勇気を持ってやってみる。試行錯誤しながらなんとか外に出ていくという純粋な思いだけで、全身全霊で挑み続けているのだ。
 人生の始まりは、外に出たいという強い意志と、命がけの勇気により始まっていると思う。そして、外の世界に出ても圧倒的な弱い存在として人生は幕を開ける。あらゆる人に大切にされることで、人はかろうじて生き残ることができる。生きるとは本当に大変なことなのだ。ただ、人のいのちの奥底には必ずそういう困難を乗り越える力も携えて生まれてきている。裸一貫で生まれてきたときのように。そうしたいのちの始まりが全員の共通体験にあるのだ。
 赤ちゃんの日々の成長、一秒一秒すべてから学びとり進化している生き様を見ていて、自分を含め、あらゆる生きている人の原点を鏡として見ているような気持になった。こうした若かりし時期が地層のように重なって生きている。人は忘れているだけで、一瞬一瞬この世界を発見しながら生きている。
 赤ちゃんの安らいだ安心しきった顔を見るたびに、人間は生まれた時に、すでに大いなる叡智を携えて生まれてきているのだ、と思う。何も言わずに顔がすべてを物語っている。あとは、ひとつの種が一本の木へと育つように、種が自分自身の可能性を結実できるように、適切な土壌、水、光のような環境を準備しさえすればいいのだろう。教えることはない。むしろ、教わることばかりだ。人のいのちという開かれた可能性から日々学びながら、自分自身もこの世界を発見し続けよう。
 赤ちゃんは、いのちの原型という開かれた存在として、すべての人に光を放っている。それは、すべて生きている人の原点でもあるのだ。

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稲葉俊郎(いなば・としろう)

 1979年熊本生まれ。医師。2004年東京大学医学部医学科卒業。2014年東京大学医学系研究科内科学大学院博士課程卒業(医学博士)。現在、東京大学医学部付属病院 循環器内科 助教。
 東大病院では、心臓を内科的に治療するカテーテル治療や先天性心疾患を専門とし、往診による在宅医療も週に一度行いながら、夏には山岳医療にも従事している(東大医学部山岳部監督)。医療の多様性と調和への土壌づくりのため、西洋医学だけではなく伝統医療、補完代替医療、民間医療も広く修める。国宝『医心方』(平安時代に編集された日本最古の医学書)の勉強会も主宰。
 古来の日本は心と体の知恵が芸術・芸能・美・「道」へと高められ心身の調和が予防医療の役割を果たしていた、という仮説を持ち、自らも能楽の稽古に励む。未来の医療と社会の創発のため、伝統芸能、芸術、民俗学、農業・・・など、あらゆる分野との接点を探る対話を積極的に行っている。

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