春秋社
刊行に寄せて アレクサンダー・テクニークで感性をみがく
北京五輪陸上男子400mリレー銅メダリスト 大阪ガス陸上部コーチ 朝原宣治

 アレクサンダー・テクニークには以前から興味をもっていたが、詳細に触れたのは、実は本書が初めてである。

 原稿を一読して、これまで私自身が、36歳で引退するまでの長い競技生活を通じて、深く感じ、考え、試行錯誤を繰り返しながら実践してきたことと、一致することがたくさんあって、驚かされた。レースで調子が良かったとき、感じがよいと思ったときの状態と、アレクサンダーの言う「身体の上手な使い方」とは、確かに、驚くほど一致する。

 おそらく、世界のトップアスリートたちも、同じようなことを感じ、実践しているはずだ。ただし、第一線に立つアスリートは、身体で感じていることを敢えて言葉にするよりも、感覚をより深め、研ぎすましていくことを優先する。私自身もそうだった。本書の著者たちは、競技者としてみずから肉体の限界に挑みながら、同時に、コーチとして他人を指導したり、新聞や雑誌に記事を書くという経験を積み重ねてきた。そのなかで、感覚的なことがらを誰にでもわかるような言葉で表現する技術をみがいてきたのだろう。この本には、私がこれまで、感覚を極限まで研ぎすまし、蓄積してきた多くのことが、適切な言葉で表現されている。

 ランニングに関する本は、私自身の本も含めて、たくさん出版されている。その多くは、走りの技術的なハウトゥを教えるものだ。しかし、人によって走り方はまったく違う。長距離と短距離でも、トラックとロードでも違う。人の数だけ走法があると言ってもよく、これで正解というものはないのだ。だから本当は、こまかいハウトゥ(スキル)を教えるよりも、もっと基本的で普遍的な身体の使い方を教えることが必要なのだ。この本は、そのもっとも本質的な問題に正面から向き合っていて、なによりもその根本の考え方・理念に私は共感する。

 もちろん、この本ですべてがわかるわけではないし、こうすればいいというものでもない。どうやって走るのか。それは結局は自分で考えるものだし、自分の中に答えを見つけるほかない。この本は、そのための意識づけをし、感性を高めていくために、最高の手引きとなるだろう。

 競技からの引退後、私の活動の中心は、次世代のアスリートを養成すること、子どもたちに身体を動かす楽しさを伝えること、といった社会貢献の方向にシフトしている。その大きな柱として、私の所属する大阪ガス株式会社の全面的な支援を受けて、子どもたちを対象にしたスポーツ・クラブ「NOBY TRACK & FIELD CLUB」をはじめた。小学4〜6年生を対象にした普及コースと、15歳以上の専門コースのふたつがあるが、ここでは決して、競争するサイボーグを作りたいわけではない。もっと普遍的な、人間にとってこうあるべき方向というのを、子どもたちが自然に身につけられるように、手助けをしたいと思っている。NOBY(ノビィ)というのは私のあだ名であると同時に、子どもたちが「伸び伸びと」楽しみながら学べるように、という願いが込められている。

 楽しみながら本質的なことを学び、日常の生活にも生かしていくというのは、本書の著者も強調しているが、アレクサンダー・テクニークが目指しているものと、根本的には同じだと思う。だからこのクラブでも、アレクサンダー・テクニークを積極的に活用していきたいと考えている。

 「今この瞬間に」自分がどういう状態なのか、頭ではなく身体で(感覚で)的確に把握できる能力が身につけば、なにも陸上競技にかぎらず、生きることのいろいろな場面で活用できるはずだ。この本も、ランニングをテーマにした本ではあるけれど、究極は、アレクサンダー・テクニークの原理そのものをつかむことができれば、ランニングであろうと、水泳であろうと、応用はいくらでもできる。

 みずからの感性をみがき、何事かに真剣に取り組んで、少しでも向上していきたいと願うすべての人に、この本を勧めたい。

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