一〇〇年目のアイザイア・バーリン
『アイザイア・バーリン 多元主義の政治哲学』刊行によせて

上森 亮
(PR誌「春秋」2010年5月号より転載)

 昨年二〇〇九年は、アイザイア・バーリン生誕一〇〇年であった。それを記念して、生誕地のリガ(ラトヴィアの首都)、長らく学究生活をおくったオクスフォード以外にも、イスラエル、アメリカ、カナダ、ポルトガル、スペイン、南米コロンビア等々でシンポジウムや式典の類が開催された。加えて、大部の書簡集や交流のあった人々の回想を集めたエッセー集も出版された。しかしながら、日本では目立った動きはなかったのではないか。いや、それ以前にバーリンの名前すら専門家以外の方には知られていないのではないか。

 ここでは、これまでバーリンについて知らなかった読者の皆さんが、バーリンの名前を頭にとどめておいてくれること、そして書店などでバーリンが書いた(バーリンについて書かれた)著作を目にしたときにそれを手に取ってくださることを期待しつつ、バーリンについて語ってみたいと思う。


 二〇世紀初頭の帝政ロシアで生まれたユダヤ人。これだけでその生涯について何がしかのことを示しているが、バーリンの場合にはこれにイギリスへの移住が加わる。それゆえに、バーリンの思想には「イギリス」「ユダヤ」「ロシア」という三つのルーツがある。

 まず、バーリンにとっての(多分に理想化された)「イギリス」は、自由主義・寛容の祖国であると同時に、経験主義発祥の地であり、「現実感覚」や「常識」を重視する健全な国である。一九二一年に一家でイギリスに移住して以来、その生涯のほとんどをイギリスのオクスフォードで過ごしたバーリンの思想にはイギリス的なものが浸透している。このことを明瞭に示しているのが、二〇世紀にもっとも読まれた政治哲学のエッセーとされる「二つの自由概念」などを収録した『自由論』である。

 次に、バーリンにとっての「ユダヤ」とは、反ユダヤ主義の長い歴史を踏まえたものである。周知のように、ユダヤ人は長期にわたってある種の「根無し草」の生活を強いられていた。しかし、どこかに「帰属」し、他者から対等なコミュニケーションの相手として「承認」されていることは「普通」のことではないのか。どうしてユダヤ人にはこの普通のことが許されていないのか。とりわけ、完全な同化が否定されたかに思われたホロコースト以後この問いが先鋭に意識されたであろうことは想像に難くない。こうしたバーリンの問題意識を反映しているのが、ナショナリズムやシオニズムに関するエッセーである。

 三つ目のバーリンにとっての「ロシア」は、ロシア革命(バーリンはこれを目撃している)以後のソ連というよりも、一九世紀のインテリゲンツィアの世界を指している。インテリゲンツィアにとって思想とは、それによって/それのために生きるものであり、その主張するところを実現するためには自己を犠牲にすることさえ回避すべきではなかった。こうしたインテリゲンツィアという特異な集団を熱心に研究したバーリンは、思想へのコミットメントが(それがどのような形であれ)歴史を動かす可能性があるということ、思想には独特の力があることを学んだのである。

 さて、このような三つの要素が融合したらどのような思想体系が生まれるだろうか。そう思った方はバーリンの主著を紐解いて欲しい、と言いたいところだが、残念ながらバーリンには主著と言えるものがない。さらに、バーリンの著作は、自身の思想を展開するよりも、自身の思想とは両立しないように思われる思想を理解にすることに多くの紙幅を割いている。この限られたスペースでは思想の点からこの奇妙な側面について述べることはできないので、「気質」の点から論じてみたいと思う。


 バーリンが気質的に近いものを感じていた人物はツルゲーネフである。ところが、「どのような人物になりたいか?」と聞かれた際には一九世紀のロシアのインテリゲンツィアであったアレクサンドル・ゲルツェンの名前をあげている(ちなみに、「誰と知り合いになりたいか?」と聞かれた際には「デイヴィッド・ヒュームとウィリアム・ジェームズ」と答えている)。仮に、尊敬する人物と近しい人物が同じだとしよう。そうすると、これはある種の自己賛美である。しかし、この自己賛美は、バーリンの気質からは遠く隔たったものである。事実、交流のあった人々が共通して報告しているように、バーリンは極端なまでに自己を卑下しており、自分には価値がないという悩みに苦しんでいた。

 しかしながら、ここから話が複雑になるのだが、一〇年にもわたるインタヴューをもとに優れた伝記を書いたマイケル・イグナティエフや非常に親しい友人であったピアニストのアルフレート・ブレンデルが見抜いたように、この自己卑下にはあらかじめ他者の批判を封じ込めておくという戦略的な側面がなかったとは言い切れない。あるいは、バーリンほど他者の「個性」に興味をもった人はいない。けれども、そうした他者の個性を熱狂的に支持するかのように思わせておきながら、どこか懐疑的でアイロニカルなスタンスも崩さない。

 こうしたアンビヴァレントな態度の裏にはある種の余裕・自信があったのではないか、と私は推測している。つまり、こうした余裕・自信があるからこそ自己の卑小さを率直に認めて、他者の個性を個性として理解することができたのではないか。そして、自己卑下や他者の個性の賛美というこの傾向が自身の見解を語るよりも敵対する思想を理解することへとバーリンを導いた一つの理由だったのではないだろうか。

 確かに、白黒はっきりした答えを性急に求める人にとっては、このアンビヴァレントな態度とそれを反映したバーリンの思想はどこか物足りないものと映るかもしれない(「自分の思想は若者にうけるものではない」というのがバーリンの口癖であった)。あるいは、現実の喫緊の問題に心を砕いている人は 「そんなことでは問題は解決しない」と不満をもらすかもしれない。しかし、なぜ明確な答えがなければならないのか。過去に政治や道徳の領域で明確な答えを求めた試みはどのような結果を招いただろうか。それについて知りたい人にはバーリンを読んで欲しい。また、「それでは解決しない」というのは真であるかもしれない。そうではあっても、このこと自体は「それがあったら解決しない」を含意しない。したがって、先のような不満をもつ人にもバーリンを読んで欲しい。

 おそらく、すべてを手に入れることはできないというのは動かしがたい真理である。しかしながら、バーリンを読むことで何かを手に入れられるというのもまた真理であるように思われるのである。



【書籍紹介】

「アイザイア・バーリン 多元主義の政治哲学」

アイザイア・バーリン 多元主義の政治哲学
上森亮
発行日:2010年3月
ISBN:978-4-393-32103-4
税込定価:4,200円

「アイザイア・バーリン 多元主義の政治哲学」 詳細はこちら

春秋社トップへ